金木犀の香る夜 | ナノ
 14

目が覚めたら真っ暗な部屋の中で一人だった。何度も誘拐され何事かと構える癖はあのくそ共のせいでついていて、言葉を発するよりもまず最初に手足の自由を確認してしまう。

「・・・」

特に身体に異常は無い。何よりも広いベッドに寝ているようだったから少しだけ緊張がほぐれる。周りを見回せば窓から差し込む月明かりがカーテンを通して僅かに見えた。何度か瞬きをして目が慣れてからその明るさを頼りに室内を見回す。

広い部屋だ。俺の居るベッドは壁際にありその横にはサイドテーブルが置かれている。その奥にどうやら本棚があるようだ。窓の傍にはラグと小さめのガラステーブルが置かれている。そしてソファーがひとつ。べッドの足下の方に大きめのタンスと部屋の扉があった。見えているところの壁は黒、天井と床は白。家具は白が基調だが所々黒が混ざっている。高級感漂うのは気のせいではないだろう。

「・・・どこだここ」

記憶を手繰り寄せてみたものの全くもって知らない部屋だった。何より俺の記憶は夏樹と抜き合いをして眠ったところで途切れている。身体が自由だから誘拐などの可能性も低い。それを考えるとどこかに連れてこられたけど寝てたからとりあえず寝室で寝かせておくか、という夏樹の思考が見えなくもない。本家に行った時もそうだったから、多分今回もそういうことなのだろう。

もぞもぞと起き上がり部屋を出れば、明かりのついている部屋はすぐに見つかった。扉も他の部屋と違うから恐らくここがリビングなのだろう。ためらいなく扉を開けた瞬間、俺は扉を閉めるか本気で悩んだ。

「・・・」

なぜなら、俺よりも少しだけ背の高い肩くらいまで伸びた長髪を緩く結んだ男がにこにこしながら待ち構えていたからである。

「西野」

低い声が誰かの名前を呼ぶ。聞いたことのない声だ。だが、その名前は目の前の変人の名前だったのか男が声に反応してゆっくりと振り返った。

「やっと見ること出来たよー」

間延びした、こちらが脱力しそうなほど緩い声を発したその人物はその数秒後、奥に居たらしい男に殴られておとなしくなった。




「申し訳ありませんでした」

そう、頭を下げたのは緩い男を殴った男だ。だが俺の視線はその奇抜な髪色にしか向かない。なんだその頭。ピンクのメッシュは目立ちすぎだろう。

「俺は影山桜です。職業はハッカーで裏担当。そしてこの馬鹿犬が西野実臣です」

ぐいっと乱暴に緩い男を紹介した影山はそれからいまだきょとんとしている俺を見て困ったように眉を下げる。それを見てようやく言葉を理解した俺は何を言うでもなく視線を隣に向ける。

広いソファーの一面を夏樹と俺で占領しているのが現在の状況だ。その上篤は飲み物を淹れに行っていて、自己紹介した二人は立ったままだ。

「・・・仕事は、撒いて良いんだよね?」

第一声がこの言葉。くっと楽しげに口元を緩めた夏樹は何を思ったのか俺の頭を撫でるとそのまま二人に向き直る。

「だとよ」

「あの、組長俺らの名前教えてたんですか?」

「あ?しねぇよ。ただ、外では護衛をつけるって話はした」

そう、裏の人間の護衛を外に行くときつけるという話だけ。それがどんな人物かは言っていないし、どんな役割を担っているかも話してはいない。それでもこの二人が護衛だと判断したきっかけは、裏の人間とハッカーという単語だけだ。

まだ大人とは言い切れない青年が僅かな情報からあっさりと答えを導き出したことに影山は驚きを隠せなかった。頭のキレが一般人とは違う。何よりまっすぐこちらを見る瞳はじっくりと隅々まで観察しているように感じられた。

「初めまして、藤宮晴です。このたびは裏の人たちにもご迷惑おかけしました」

とりあえず、と挨拶を返した晴は内心で高揚感を顔に出すまいと必死になってた。だって、影山桜はハッカーだと名乗った。この人物こそが比良手組の情報すべてを管理し鉄壁の守りを築いた男だ。証拠はなくとも確信はあった。

「・・・ふふ、すごいなぁ、会えちゃった。ねぇ夏樹、いいの?」

主語も何もない問い掛け。ただ単にテンションが上がって語彙力が無くなっただけなのだがそれでも夏樹はこの謎の発言から言いたいことを理解したらしい。

「そんなに喜ぶとは思わなかった」

だろうな。俺も思わなかった。冷静ならそんな突っ込みが出来ただろうが今はどうでも良い。

「俺、これでもそう簡単には情報漏れないようにセキュリティ対策万全だったと思うんだけど、どうやって忍び込んだの?」

恐らく出会った当初、俺の情報を暴いたのはこの男だ。

「おかげさまで、偽情報は多いし、いろいろデータは破損するしウイルスは送られてくるしあの後の処理大変だったんですよ。二度と、やりたくないって思うくらいには。ただ、情報担当、うちは一人ではないですから。正直俺一人では負けてましたよ」

トラップだらけの俺の情報も仲間が居たから処理スピードが上がりギリギリ奪うことが出来たのだと。国内随一だと思われる男にそう言わしめることが出来たからもう満足だ。

「ねぇ、やっぱり俺すごくない?何もしてないのにお前の組情報結構攻撃できてたってことでしょう?」

「そうですね。あのあとの処理は私も駆り出されましたから。多分今までで一番被害が大きかったと思いますよ」

そう答えたのは西野ではなく篤だ。トレーにはカップが人数分乗せてあり、良い香りが漂う。

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