所長からいただきました


「おはようございます」
「何ですか、それは!」

私の朝の挨拶を軽く無視し、ジャーファル様はぎょっと目をむいて叫んだ。朝早くまだ人が少ない財務担当部屋に、声が響き渡った。おかげで、皆が何事だとこちらにふり向き、そして、ジャーファル様同様、びっくり顔。

「えっと、もらいました?」
「何で疑問系なんですか!」

今日もジャーファル様は元気そうでなによりです。

そんなことを考えている私が胸に抱えているのは、子どもの頭より一回りも大きな金魚鉢だった。たっぷり水が入ったそこには、二匹のメダカが優雅に泳いでいる。

「誰にもらったんですか」
「ジャーファル様に以前」

『「君はマグロだね」って仰っていた方』と言おうとして、私は口を閉じた。これは不味い。朝から不適切極まりない発言だし、何よりも真実って人を傷つけるから、ほら。

私は言いかけた台詞を心の奥底にしまい、この金魚鉢をくれた方の所属を思い出した。

「ジャーファル様に以前会いにこられていた、海洋生物研究所でしたっけ、そこの所長さんです」

私とジャーファル様を見守っていた先輩達から、どよめきの声があがった。私だって、あちらの立場だったら同じような反応をするだろう。

シンドリアには奇人変人の集まりと言われる団体が2つある。1つは黒秤塔の魔法使いによる研究室。もう1つはシンドリア国立海洋生物研究所。

中でも、後者の海洋生物研究所所長は、シンドリアの奇人変人の名を欲しいままにしていた。何にも囚われない、自由気ままな彼女から出る台詞は、あのジャーファル様でさえ翻弄させたりしている。

収支報告に来る所長の相手をしたジャーファル様が、彼女が去った後にぐったりしている光景はもはや珍しくもなんともない。

『見た目は子供頭脳は大人』の彼女は非常にゴーイングマイウェイで、自分の決めたことは、もう、ごりごりと押し進める方だった。

そんな彼女に、長いものには巻かれろ主義の私が対抗できるはずもなく。

「今朝池の縁でお会いして、押し付けられ、ではなく、いただきました」
「シノ、隠せていないですよ。と言うか、あの子も君もなぜ朝っぱらからそんなところにいるんです」

同室の女子が、私への嫌がらせでベッドに入れたカエルを、池に戻すため、なんて言えない。誤魔化そう。私は頭の中で、どう誤魔化すか、さっと考えた。

「乙女の秘密です」

笑顔で答えた私に、ジャーファル様含め周りの視線が刺さった。自分でも、『これはない』と思ったが、いいものが思い浮かばなかったのだ。ここは所長の不屈のスタイルを見習って、ごりごり攻めよう。

そんな訳の分からない決心を、あっさり台無しにするのは、いつものヴィゴさんだった。

「またカエルか」
「ちょっと乙女の秘密をあっさりばらさないでください」

彼には以前、同じように池へカエルを戻しに行っているのを見られている。同室の女子の仕業とはばれていないと思うが、下手につつかれたら不味い。

「乙女はカエルなんか飼わないと思うが。あと、年齢考えろ」
「虚しくなること言わないでください」
「そんなことはどうでもよいです」

冷や汗がでそうな会話を止めてくれたのはジャーファル様の手を叩く音だった。埒があかないと、彼は私が持つ金魚鉢を指して言った。

「とにかくそれは捨てて……きたらあの子が悲しみます。返してきなさい」
「それはちょっと無理では」

所長から半ば押し付けるようにもらったこれを返すなんて不可能だ。そんなことできるならもともと受け取っていない。

そして、何より折角もらったメダカ。ちゃんと育てあげたい。私は、何かよい方法はないかと考えを巡らせた。

「あっ、ペットって癒しになりますよ!メダカだとそんなに手間かかりませんし」

私の言葉に周りの財務官は『確かに癒しだねー』『いいですね』と頷いている。思いつきで言ったが、リラックス効果はかなりありそうだ。周りの反応も上々。

私は乗り気になっている先輩達をしっかり確認し、この職場の最高責任者であるジャーファル様に向き直った。

「ここで飼ってはダメですか?」
「いけません、誰が面倒を見るんですか」
「私が面倒を見ます」
「君だって休みの日はあるでしょう」
「では、彼女が休みの日は私が見ますよ」

ジャーファル様と問答する私に助け舟を出してくれたのは、普段私の正面に座っている先輩だった。先輩の台詞を聞き、一瞬考えるジャーファル様を見て、他の先輩からも手伝うとの声があがった。

私たちの視線にジャーファル様は、『こんな時に限って、団結力ありますよね、みなさん』と呟いている。その顔はすでに諦めが漂っていた。

もらってきた魚を飼うために頑張る娘と、年の離れた妹を応援するでかい息子達に、母は盛大なため息をついた。

「分かりました。ちゃんと面倒を見るんですよ」
「はい、子供が生まれたら新しい鉢をもらわないとですね」

将来のことを考えそう言う私に、ジャーファル様は不思議そうな顔をした。

「だってこれつがいですから。卵産んだら、隔離しないと自分達で卵食べちゃいますよ」

前世の小学校で飼っていたメダカを思い出した。誰が餌をやるかクラスメイト達とじゃんけんをしたりしたっけ。名前は全部フィリップだった。当時小学生の私達には見分けがつかなかったのだからしょうがない。今度はオスメス1匹ずつで見分けもつく。それぞれの名前を考えてあげよう。

私がそんなことを考えていると、ジャーファル様がじっとこちらを見ていた。

「シノ、なんでそんなにメダカに詳しいんです?」

その台詞に、『シンとジャーだと、両方オスっぽい』なんて考えていた私は固まった。

「……えっと、小さい頃に習って」
「普通習いませんよ、そんなこと。相変わらず変なことに詳しいですね」

訝しがるジャーファル様に乾いた笑いを返すしかなかった。

危ない…。


その日から財務担当で飼われるようになったメダカは、荒みがちな財務官の心を癒してくれる大切な存在となった。特に修羅場中のジャーファル様が、餌をやる時だけは正気に戻ると大変評判だ。

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