しりとり


「じゃ、行くぞ」

ヴィゴさんの声に、部屋の隅から『はい』とか『うっす』とか気合の入った声が上がった。

「『来期予算作成手引き』」
「き…き…き…、『近海における南海生物討伐規定』」
「い、い、い、いむ、いま、いか、あっ、『移民受入れ規則』」
「く?くとかないですよ!く、く、く」

「…………なんですか、これ」

ジャーファル様に書類を提出していた私は、いきなり始まったシンドリア王国仕事用語縛りしりとりにドン引いた。大のおっさん達が本気でしりとりをしている。しかもカテゴリーがマニアック過ぎる。

月末精算の時期はよく皆のねじが外れるから気にしないが、通常時にこれはいかがなものか。

「あぁ、シノは知りませんでしたね。これはあの廃棄書類の処理係決めなんです」

そう言って目の前のジャーファル様が指さしたのは、部屋の片隅にうず高く積まれた廃棄書類の山だった。最初に『廃棄書類はこの箱に入れてくださいね』と言われていたが、いつの間にか溢れかえってできた山。

「重要書類なので廃棄も自分達でしなくてはいけないんですよ。最終的には燃やすのですが、機密性を保つために、部屋の中で第一処理をすることになっています」

私は首をかしげた。学問担当だと全ていきなり燃やしてお終いだった。財務担当だとそうもいかないらしい。

「第一処理ですか?」
「はい、ひたすら廃棄書類をちぎるんです」

ジャーファル様の言葉に私は目を見開いた。

「えっ、ちぎるんですか、あれを」
「ちぎるんです、あれを。読めなくなるまで」

にっこりほほ笑むジャーファル様に私は、一度は戻していた視線を再び廃棄書類に向ける。軽く私の背を越えている廃棄書類の山が5つ。

むりむり!

「い、インク壺に漬け込むとか、どうですか」
「そんなもの、経費でおちませんよ。ちなみにこのしりとりは30秒以内に答えられないとアウト。枠は3名です。夜帰れなくなるので、頑張ってくださいね」
「えっ、制限時間短くないですか!」

そう言う間にも、ヴィゴさんのところから回答者はこちらに回ってきており、

「『つ』ですか。では、『通商破壊に関する護衛・防御規定』」

さらっとジャーファル様が答えた。

「えっ、ジャーファル様も参加するんですか」
「もちろんです」

この人、政務のトップなのにしりとりに負けたら、徹夜で書類破棄するんだ。ありえない…

そんな私の気持ちを察したのか、ヴィゴさんがフォローをしてくれた。

「ジャーファル様が負けることはねーから気にすんな、ほら小娘、あと15秒」

こんなのでいいのか、財務官

私がこの国の将来を憂いている間にもカウントは進むわけで。にやにやした先輩達がこちらを見ている。この人達、わざと私に何も教えず始めたんだな。ジャーファル様も苦笑してるし。何ですか、これ。新人いじめですか。

言いたいことは山ほどあるけど、それはあとで。
次は『い』ね。

「……医療費補助制度」
「えっ、言えるの!?次俺ですよね、えっ。ど?ど?」

完全に私が答えられないと思っていた次の回答者が焦る。その後、3回ほどジャーファル様の後に答え、決着がついた。


「ちっ、ちびすけ回避したか。ジャーファル様、甘やかすのはどうかと思いますけど」
「何も言わずに処理係を決めようとする君たちもどうかと思いますよ」

忌々しそうにこちらを見てくるヴィゴさんは気にせず、私は『ジャーファル様、どうもです』とぺこりと目の前の上司にお礼をした。

「今回だけですよ、シノ」

そう言ってほほ笑むジャーファル様の手の中には、先ほど私が提出した『医療費補助制度による負担額予想』の書類があった。。


今日も財務担当部屋は平和です。

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