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「ヤムライハ様、できますか?」
「おもしろうそうね、任せて」

力強く頷くヤムライハ様に、私は『協力者確保!』と机の下で拳を握った。

「シノもヤムと同じ人種かぁ」
「あっ、ピスティ様、すみません」
「いいよー、本当仕事人間が多いんだから」

少しつまらなそうに言うピスティ様と、興味深い研究テーマをもらったと目を輝かせるヤムライハ様。八人将である彼女達がこの部屋を訪ねてきたのは、今日の昼過ぎだった。

ヤムライハ様が見舞いに来たいと伝えてきたのが今朝。魔力を惜しみなく使って治癒魔法をかけてくれた彼女はまさに命の恩人で、私の方こそ会ってお礼を言いたいと思っていたのだ。

なんてお礼を言おうか、あーでもないこーでもないと考えているうちに午前中は過ぎ、あっという間に約束の時間三十分前になっていた。

いい加減決めなくてはと思ったそのとき、廊下からパタパタと駆ける足音が聞こえた。その足音が部屋の前で止まったと思うと、リズミカルなノックの後、一瞬の間も無く扉が開いた。

「こんにちは」

元気な挨拶とともに現れたのは金髪に桃色の瞳の小柄な少女。自分の上司に説教されているのを遠目に見たことがある。

彼女が部屋を訪ねてくる理由をすぐに思いつかなった私は、失礼ながら『今度は何をやらかしたんだろう、いや、むしろ今からやらかすのか!』と体が強張った。

しかし、身構えた瞬間、水色の髪の女性がひょこっと顔をのぞかせた。

「ピスティ、ちゃんと返事待たなきゃ。ごめんなさいね、約束の時間より早く来ちゃって。大丈夫かしら」

突如現れた約束の人物であるヤムライハ様。

まだ心の準備もお礼の練習もできてないから困る!

そんな台詞を日々の勤めに追われる八人将であるヤムライハ様に言えるわけもなく、私は彼女達を部屋に招き入れた。


ヤムライハ様へのお礼の言葉は緊張と焦りでたどたどしく、悲惨なものとなった。そんなガチガチになっている私を見たピスティ様の爆笑が場を和ませたような、羞恥をさらに煽ったような。
とにかく八人将の女性二人との出会いは忘れてしまいたい記憶となった。

目尻の涙を拭きながら笑うのを堪えているピスティ様は、ヤムライハ様が私の見舞いに行くのを知ってついてきたらしい。『噂のジャーファルさんの部下見てみたかったんだもん』とのこと。どんな噂だ。


「それにしても、シノ、ジャーファルさんそっくりだよね」
「そうですか?」

初めての言葉に私は応えようもなく、首を傾げた。財務にはジャーファル様二号みたいな仕事の鬼の先輩がいるし、普段ジャーファル様から怒られてばかりの私のどこが似ているのやら。

「そんな仕事ばっかりじゃダメだよ!」
「はぁ」
「ジャーファルさんと何かないの?」
「何かとは?」

ずいっと机の上に身を乗り出してきたピスティ様。その目は期待に満ちている。

彼女の視線から逃れるように私はテーブルに置いてあった白湯を飲んだ。

ピスティ様の華やかな恋愛事情は王宮にいれば嫌でも耳に届く。質問の内容を理解しながらも私はすっとぼけてみた。
だって、何もないし。

「こらピスティ」
「だってー、いつも夜遅くまで一緒にいるんでしょ。職場最年少で奮闘する麗若き女性とそんな部下を優しく見守る上司!何かあるでしょ!」

鼻息荒く言葉が発せられると同時にピスティ様の拳が机を叩いた。その際、彼女の手が当たったのか、椀が倒れテーブルに白湯が広がった。

「何してるのよ、ピスティ」

ごめんと舌を出しながら謝るピスティ様。一気に冷静になったようで、私としては助かる限りだ。まぁ、何はともあれ台拭きを探そうと部屋を見回した時。

『まったく』と呆れ声のヤムライハ様が小さく何か唱えると、零れていた白湯が音をたて蒸発した。

「あっ」

それはいつまでたっても見慣れることのない魔法。私の視線はつい先ほどまで白湯があった場所に釘付けだった。

が、目の前の二人は慣れたもので、『ごめーん、ヤム』『気をつけなさいよ』と普通の会話を繰り広げている。魔法が生活に根付いているんだろう。

すごいなぁ。

魔法が存在しなかった世界が思考のベースにある私としては本当に奇跡のようなものに思える。

せっかくこの世界は魔法があるのだから、魔法を使って何か意味のあることはできないだろうか。そういつも思う。できれば、仕事に使えるようなこと。もしくは金儲けの方法。

そんな思いを込めて奇跡を捉えるよう、魔法が行使された場所を眺めているとピスティ様が呆れたような視線を感じた。

「ちょっと、シノ。目がジャーファルさんになってるよ」
「へ?」
「あら、何?今の水魔法でさっきみたいに、また何か面白そうな疑問思いついた?」
「いや、まだですねー」

金儲けの方法を考えていたとは口が裂けても言えない。

ピスティ様とは反対、ヤムライハ様の目はいきいきしている。

実は先ほどヤムライハ様に図々しいお願いをしてみた。

今日初めて言葉を交わした彼女は、意外とノリがよく研究大好き仕事一直線な女性だった。そのため、かねてから魔法を使ってこんなことできないかなぁと思っていることを話してみた。

すると、すぐに回答がこなかったかわりに、ちょっと研究してみるわと、ありがたい回答が返ってきた。これで仕事がはかどる。生き生きとそんな会話をする私達をピスティ様は呆れた目で見ていた。

再び話が仕事や研究に戻ろうとしたのを止めたのは、恋に生きる彼女だった。

「もう二人とも、仕事や研究の話はなし。シノの怪我に響くでしょ!で、シノ、なんかないの、ジャーファルさんと!」

ピスティ様の質問の方が怪我に障りそう、なんて言えない。だって目が怖い。

「ヤムも知りたいでしょ!」
「ま、まぁ、それは…確かに知りたいわね」

再度鼻息荒くピスティ様に言われ、ヤムライハ様はあっさりと頷いた。この方まであちらに回ってしまえば、私の逃げ場はない。

こういう時はさっさと否定するに限る。

「何かする時間の余裕もなければ心の余裕もないですよ」
「余裕なくても切羽詰まった状況で何かないの、こう、夜遅く送ってもらってどきっみたいな」
「お互い早く寝たいとしか思ってないですよ」

実際に何度も送ってもらったことはあるが、基本私の頭の中は仕事と睡眠でいっぱいである。ジャーファル様は仕事と王様が脳内を占めていると思う。

「なら、褒められた、どきっみたいなことは」
「褒められた…」

仕事で褒められることはごくまれにあるが、もれなく追加の仕事がついてくる。そのため、褒められる時は嫌などきどきである。これは確実に、ピスティ様の言う『どきっ』ではないだろう。

期待に満ちた眼差し二対に見つめられ、私は財務へ異動してからの記憶を辿った。

何か他にどきっとしたこと…

頭の中を思い出をめぐらせると、紙幣導入検討会議の後のことが浮かんだ。あの時は凹んでいて、ジャーファル様にあまりにも優しく撫でてもらい不覚にも泣いてしまった。

が、あれはいい感じなのか。単純に慰めてもらっただけだよね。すごく嬉しかったけど。

というか、泣いたんだよね、私。いい年して、仕事がうまくいかず職場で泣くとか、ない。あれはない。

自分の幼い行動を思い出し、私が苦虫を噛み潰した顔をしたせいか、気がつけば目の前の二人は青くなっている。

「えっ、ジャーファルさんから褒められたことないの?」
「そう言えば、保管の立てこもり事件の時に、ジャーファルさんすごく怒っていたってシャルルカンから聞いたわ。あなた、苦労してるのね」

何故、シャルルカン様?

お二方から同情的な視線を頂いた。

「シノからは無理か…」
「じゃ、ジャーファルさんが最初に比べ優しくなったとかないの!」

いつの間にかピスティ様だけでなく、ヤムライハ様まで鼻息荒く聞いてくる。あぁ、どこの世界でも女子は女子だな、なんて少し遠い目をして見る。

二人の視線に耐えきれず私はさらに記憶を辿ってみるが、ないものはない。

「そうですね、最近優しいですが、まぁ、こんな状態ですし」
「そ、そうだったわ。あの時死にかけてたものね、シノ」
「うーん、流石にジャーファルさんでも、生死の淵を彷徨った部下には優しくするか」

『そう思いますよー』とピスティ様の言葉に頷く。

「あなたの前でぼぉーっとすることないの?」
「見惚れていたりとか!」

ヤムライハ様の婉曲な言葉をピスティ様がストレートに置き換えた。

「たまにありますがいつもの寝不足かと」
「そういや、この前ヤムが研究室爆破させてジャーファルさん大変だったもんね」
「あれはシャルルカンがノックせずに部屋に入ってくるから手元がくるったのよ。ピスティだって、元彼が王宮に乗り込んできて迷惑かけていたでしょう」
「あー、そんなこともあったような」

えへへと笑うピスティ様をヤム様がじと目で見ている。

「お二人とも、あんまりジャーファル様に無理させないでくださいね」

王様だけでなく、他の八人将の面倒も見るとは…あの人の身体が心配だ。そう簡単に倒れないと思うが、苦笑いをする二人を見て心配になってきた。

大丈夫かなぁ。

ここ数日会っていない上司の胃が心配になった。

今は財務が修羅場だから見舞いは断っている。それまでは一日おきに来てくれていたから、だいぶ会ってない気がする。財務に異動して以降こんなに会わないのは初めてだ。

早く復帰しなきゃ。いつもぎりぎりで回っている職場だから。
そう、今恋愛に現を抜かしている暇なんてない。

「とにかく今は仕事ですよ仕事。ということでヤムライハ様、先ほど頼んだ件、ご都合がつく時でよいのでよろしくお願いします」
「えぇ、任せといて」

その言葉がお開きの合図となり、二人は帰っていった。

賑やかな方達だった分、一人になると改めて静かだなぁなんて思ってしまう。耳には『しっかり休むのよ』との二人の言葉がこだました。

しかし、そうは言われても職場にいなくてもできることはある。私はベッドの脇から、先日訪れた財務長官が置いていった資料を取りだした。

ヤムライハ様と仕事の話ができ、英気も養えた。私は『よしっ』と気合を入れ、資料をめくった。

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