再会


 帝都で多発する神隠しの真相を追っていたライドウは、辿り着いた次元の回廊で小さな人影を発見した。流れる霊子の光を受け浮かび上がる姿に、思わず目を見張る。
 立ち止まったゴウトが呼びかけてくる。返事をしたかどうかも分からず、ただ感情のまま呼吸さえ忘れ走った。肌の上に浮かぶ紋様はない。
 だが分かる。すぐに。

「人…修羅、か?」

 それは歪んだ世界で『彼』に与えられていた名前だった。『彼』は驚く程真白く、純粋な悪魔だった。
 いや、悪魔と呼ぶのは語弊があるだろう。悪魔の力を得て、世界を映す瞳を手に入れたというだけの話だ。見る物全てが宝物だと、「きれい」だと、口癖の様に笑って、少年は仮初の世界でライドウの傍にいた。

 その少年が、何故次元の回廊に紛れ込んでいるのか。疑問に思った矢先、魔の気配が思考を断ち切った。少年の周囲から黒い靄が立ち上り、ニ体の悪魔が生まれ出る。

「……往け、ヨシツネ」

 右手で管を抜き、左手で鯉口を切った。
 仰向けで倒れている少年に、獣の爪が迫る。間に合わぬ距離ではない。だが刹那が永かった。
 一体を仲魔に任せ、獣と少年の間に身を滑り込ませる。白刃が爪を受け止める。手首を捻り、力を受け流しながら刃を返した。胸を切り裂かれた獣が、悲鳴と共に崩れ落ちる。背後では召還したヨシツネが主の命を遂行していた。

 ライドウは、外套を広げ少年を庇っている己に気付いた。無意識だった。噴き出した血で汚れてしまわぬように。そう願ってしまったらしい自身に苦笑する。
 回廊の床は冷たい。生身の人間の熱を奪うには十分だ。
 
 刀身を汚す飛沫を腕の一降りで落とし、未だ意識の戻らぬ少年の傍に膝をついた。そこで初めて少年が傷を負っている事を知る。髪で隠されてはいるが、頭部から出血している。触れると指先が赤く染まった。
 
 なぜ。何者が。

 瞬間、胸の奥で感じたものはどす黒い怒りだった。闇と形容しても良い程の禍々しい感情に、ゴウトが鋭くライドウの真名を呼ぶ。

「……っ」

 は、と我に返り、ライドウは少年を抱き起こした。相変わらず軽い。更に痩せたようだ。
 耳元に唇を寄せ、呼びかけた。ボルテクスで幾度も音にした名だった。短い響きが、懐かしく胸を焦がす。短い前髪を、羽根で撫でるように優しく掻き上げた。

「……ん」

 白い肌に華を添える長い睫が僅かに震える。その奥にある瞳は、最早何も映さない。

 少年は何もかもを知り、享受した上で創世を選択した。故に、今ここで意識が戻ったとしても、ライドウが名乗らない限り気付きはしない。
 どの道、異なる次元を生きている。重なる未来など訪れはしない。

 ならば、いっそ。何も知らさぬままに。

「…………」

 ライドウは、覚醒しつつある少年を前に、口を噤んだ。意図を察したゴウトが、うっかりと少年に触れられぬ様、数歩下がる。

「……う」

 掠れた吐息。開いていく瞼。焦点の合っていない瞳が、宙を見つめている。一度、二度、瞬きをする。息を細く吸い、吐き出す。
 
 少年の手が、何かを探して彷徨っている。床を這い、ライドウの外套に触れた。僅かにたじろぎ、けれどもすぐに手が身体のラインを這い始める。腕から肩へ、首へ、そして顔へと。

 虚ろだった表情に感情が生まれていく様子を、ライドウは息を飲んで見つめていた。

 指が頬を滑り。鼻筋を通っていく。瞼を撫でられる。綺麗だ、と少年がいつも誉めていた目だ。だがライドウに言わせれば、少年の瞳こそ美しい輝きを放つ宝石だった。その宝石から、今、一粒の涙が生まれ、滑らかな肌を滑り落ちていく。

「……ライドウ、だ」

 微笑みに、ライドウは意志の敗北を認めた。次元など知らぬと、ひたすらに少年を掻き抱く。

 手放せるはずなど、なかった。





END







ツイッターの呟きからこんなに素敵な作品が生まれるなんて思いませんでした…感激です!
ゴルゴさん、素晴らしい小説をありがとうございました!

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