紅の幻影 | ナノ


光と闇に生きる者 6  



ウィリアムたちのもとを訪れた次の日。

マントは羽織らず、漆黒のコートと美しい銀髪を砂風になびかせるリトがいた。

彼女の見つめる先は破壊された村、息絶えたイシュヴァール人。なんてことはない見慣れた風景だ。

リトはそれらを気にもせず進んで行く。目的地はもうすぐそこ。昨日の宣言通り、リトはウィリアムたちのところへ向かう。殺気を心に忍ばせて…。


──ズッ ドオオォォォォ


途中、けたたましい爆音が聞こえた。人の成せる業とは到底思えない桁違いの破壊。それが意味するは……人智を越えた神業、錬金術。

「ずいぶんと派手な仕事ですね、ゾルフ・J・キンブリー」
「おや、アールシャナ少佐。手伝いに来てくれたのですか?」
「まさか。特務の仕事ですよ」

紅氷と紅蓮。
共に“紅”の字を背負う二人はどこか似ていて、それでいて対極の術(わざ)を使う。

紅蓮の錬金術師ことゾルフ・J・キンブリーと言えば、異端も異端。阿鼻叫喚たるこの戦場でも一際抜き出た異常者だ。
彼の背負う二つ名である『紅蓮』とは、現世では八大地獄に対をなす八寒地獄の一つ鉢特摩地獄の別称でもあり、あまりの寒さから亡者の皮膚が裂け、血が飛び散り、その様が紅色の蓮の花を思わせるからその名がついたと云う。
キンブリーの使う錬金術も相手に接触することで身体の内側を爆弾へと錬成し、相手に死の華を咲かせる。しばしば、そのアブノーマル性からリトとキンブリーは軍人たちの間で比べられがちだが……とんでもない、こんな変態と一緒にしないでほしい、とリトは常々思う。

「……では、失礼します」
「もう行かれるのですか?」
「『任務は迅速に遂行すべし』それも特務の教えですから」
「では、お気をつけて。……あ、そうそう。後から私の部隊も合流しますよ」
「……では、後片付けをお願いします」

感情を殺した口調でリトは言い、診療所へと続く道……だったところを歩いて行った。




薬も設備も無いに等しい名ばかりの診療所。しかし今は破壊され、見るも無惨な姿となっている。
人もいない。いや、生きている人間はいないと言うべきだろうか。

「……ウィリアム・ロックベル、サラ・ロックベル…」

リトの見下ろす先には、寄り添うようにして亡くなっている医者夫婦。血まみれで横たわる二人の姿は、リトの記憶にある両親の最期を思い出させた。
……だから言ったのに、と心の中で誰かが呟いた。

と、そこへ。

「おや、もう終わったのですか?」

殲滅を終え、宣言通り様子を見に来たキンブリーの部隊。ターゲットと思しき男女の前で佇むリトに声をかけた。

しかしリトは首を横に振る。

「私が到着したときには、もう……」
「でしょうね、あなたならもっとキレイに殺す。……おや、これで殺したみたいですね」

死体のそばに転がる血のついた凶器。医療用のメスだろうか、キンブリーの部下がそれを拾い上げ、翳して見せる。

「イシュヴァール人がやったんですかね?」
「……っとに手間ぁかけさせやがって、結局これかよ」
「イシュヴァール人なんか助けやがって、何を考えてんだ!」

二人の死を嘆くわけでもなく、不憫に思うわけでもなく。軍人達は口々に好き勝手言う。
全くその通りだと言いたいはずなのに、リトは何故か言葉が出てこない。血溜まりに沈む二人から目が逸らせない。

「戦い、敵を倒すのがあなた方兵士の本分、人の命を助けるのが医者の本分。この人達は本分を貫き通したのですよ」

口角を上げて言うキンブリー。
私は意志を貫き通す人が好きです、と付け加えた彼に対し、リトはやっと声を出すことができた。

「医者としては立派かもしれませんが……親としては最低です……」

珍しく怒気を全面に出した口調のリトはウィリアムのポケットから一枚の写真を抜き取った。
そこに写っていたのは幸せそうな家族。両親の真ん中に写る少女の笑顔がやけに輝いて見えた。

この少女も幸せを失ってしまった。
別に哀れとも不憫とも思わない。だって、自分も同じように失ったのだから。寧ろ、愛する家族が息絶える瞬間を知らないだけ幸せなんじゃないかとさえ思う。まぁ、自分には関係のないことだけど。

「……後のことはあなたに任せます紅蓮の錬金術師」
「どちらへ?」
「イリーガル大佐のところへ報告してきます。『ターゲットは既に死亡していた』と」




──ザッ ザッ ザッ

誰もいない荒野を歩くリト。
今日ばかりは砂埃がやけに鬱陶しい。

「本…返しそびれてしまいました」

血のついた写真をページの間に挟み、リトは隊舎へと向かった。


その後のことはあまりよく覚えていない。
つまり、そういうことなのだろう。何の感情も持たずターゲットの死を事務的に上司に報告し、いつも通りの任務をこなし、殺した人間も死に逝く仲間も、全部踏みつけて前へと進む。
そんな退屈なルーチンワークの日々をいちいち記憶している人間の方が珍しい。キンブリーのように殺した相手を細かく覚えているような、デタラメ人間と揶揄されても致し方ない変人とは違うのだから。

曇天の空の下、雪女の通った道には今日も紅い華が咲いていた。




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