紅の幻影 | ナノ


光と闇に生きる者 1  


座り心地最悪なシートと揺れに揺れる列車に乗って数時間。肩と腰がそろそろ限界だという頃、エド達は漸くリゼンブールに到着した。
列車から降りて、伸びをすると共に新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込めば、途端に懐かしい故郷の香りが鼻腔を掠めた。土と干し草に混じる微かな家畜の匂い。おかえり、と言われているようだった。


「「──…ただいま!」」

昔からの馴染みの駅長さんにエドとアルが挨拶する傍ら、リトはいつになく難しそうな顔で目を伏せる。

「…リゼン…ブール……」


「……リト?どうしたんだ?」
「気分でも悪いの?大丈夫?」

そんなリトをエドとアルか心配そうに覗き込んだ。列車に酔ったのか?と尋ねても、リトは小さく首を横に振り、大丈夫ですと素っ気なく返すだけ。
他人から見れば、いつも通りのリトの反応なのだが、4年近く一緒に旅をしているエドとアルはその仕草に僅かながら違和感を覚えた。

「……何かあったらちゃんと言えよ?」

エドはリトを想って言うが、右腕のない(錬金術の使えない)姿に説得力など皆無。もし、スカーの気配がする、と言えばどうするのだろう、そんな情けない姿で。リトもイヤミの一言二言に溜め息をセットしてエドにプレゼントしようとしたが、……今回ばかりはやめておいた。

「………。」

プラプラと風に揺れるエドの右袖に少しの罪悪感を抱え、リトは先を行くエド達の後を着いて行く。

長い長い田舎道。とっても空気がおいしい。日本で言うところの北海道の片田舎……そんな旅行雑誌の1ページのような風景に、訪れる者はみな安心感を覚えるのだとか。もちろん今回のリトを除いて、だ。

──メェ〜 メェ〜
道中、柵の向こうから顔を出す羊達。

「……ひつじ…」

『キュン』という音がどこからか聞こえてきた。



舗装などされているはずもないリゼンブールの田舎道を暫く歩くと、小高い丘の上に建てられた一軒の民家が見えてきた。

「…“ロックベル”?」

家の前に立てかけてある看板をリトは読み上げる。

「“機械鎧工房”……?」
「ああ、昔からの馴染みの店なんだ」
「そう言えばリトってここに来るのは初めてだったね」

4年近く一緒に旅をしているのに、リトがリゼンブールを訪れるのは今回が初めてだ。

旅の途中にエドの機械鎧が不調を来し、修理するためにリゼンブールへ帰るとなった時も、リトは決まって一人現世へと帰っていた。毎度毎度、エド達が一緒に行こうと誘うのだが、あなた達の私用に付き合うほど私は暇じゃありません、と言って頑なに断ってきた。
それは単なるエドたちへの反発心だけではないようで、エドたちも断られてしまえば無理強いするようなこともしなかった。無理に連れて行ったところで観光するところもなければ、名物らしい名物も殆どないのは自分たちが一番よく知っている。それでも一応の期待を込めて、リゼンブールへ帰る用事が出来る度に誘ってはみるのだか、今のところその誘いを受けてもらえた試しはない。

それが今回に至っては、自ら進んでリゼンブールへ行こうと言い出す始末。一体どういう風の吹き回しやら……。


「来たね、ボウズども」
「ワン!」

店の前まで来ると、前足が機械鎧の黒い犬がエドにじゃれつき、次いで煙管を持った小柄な女性が4人を出迎えた。エドやアルの対応からよほど親しい間柄なのだろう。

「こっちがアームストロング少佐」

エドは初対面のアームストロングを紹介し、その後リトを指差して言う。

「んで、こっちが前に話した“リト”」
「おや、あんたが……」

いつもエドとアルから話は聞いてるよ、とカッカと笑うピナコ。

あの重力に逆らった髪型はどうやってセットしているのだろうか。そんな事をリトが考えているなんて知ってか知らずか、ピナコはリトを頭のてっぺんから爪先まで眺めると、

「エドとアルが言ってた通り…」
「「「?」」」
「……可愛い子だねぇ」
「……は?」
「そうでしょ?」
「なッ!!オレは言ってねぇよ!」

普通に答えるアルとは反対に、顔を真っ赤にして抗議するエド。もう言ったか言ってないかは、この際どうでもいいじゃないか。
それよりもギャーギャーと喚くエドはその後、身長を指摘されたことも相俟って、次第に小学生レベルの口喧嘩へと発展する。

「ミジンコババア!」
「言ったねドチビ!」

吠えるエドに負けじと言い返すピナコも凄いが、正直なところ五十歩百歩なこの争い。不毛だ、不毛すぎる。この終わり無き争いに終止符を打ったのは……、一本の工具。

──ビュッ
「……!」

迫り来る気配に気づいたリトがハッとして顔を上げる。空気を切り裂きながら降ってきたのは、

「え?…スパナ……?」

──ガインッ


重い工具が加速をつけてエドの頭にクリティカルヒットした。2階からまるでエドの頭に吸い込まれるようなコントロールは見事としか言いようがない。

石頭のおかげだろうか、奇跡的に軽い出血ですんだエドはスパナの飛んできた方を睨んで叫ぶ。

「こらー!ウィンリィ!!」
「あはは!」

見上げたテラスに居たのは金髪の少女。快活に笑うその雰囲気はどことなくエドと類似していた。
もの凄いスパナ使いの少女はテラスからエドを見下ろしながら輝く笑顔を惜しげもなく向けて言う。

「おかえり!」

──ズキッ
リトの頭痛がまたひどくなる。

「(彼女がウィンリィ……)」

彼女もまた太陽のような笑顔の持ち主、自分とは正反対の……光の人…。リトの顔にかかる陰がよりいっそう濃くなった。

眩しすぎるその笑顔を見ていることが出来なくて、リトは眩しさを太陽の所為にして下を向く。すると目に留まったのは足元に咲く一輪の花。名前すら分からない雑草のようなその花ですら、小さいながらも気高く、黄色い花弁を誇らしげにリトへと向けていた。

花ですら責めるのか、ここはお前の居場所じゃない、と。見上げるのも見下げるのも苦しくて、リトは目を閉じて息をする。瞼の裏に焼き付いた赤色、それに心を落ち着かされる日が来ようとは……随分と皮肉なものだ。


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