紅の幻影 | ナノ


戦場のマリオネット 6  


(リトside)


「……───…っ、」

ふと、昔の記憶が頭をよぎった。血塗られた過去の私……いや、血に汚れているのは今もか、と右手を太陽に翳した。指の間から差し込む日光の眩しさにくらくらする。気分が悪い……。ただでさえ、このところ体調が優れないのか頻繁に頭痛が起こるというのに。

先日のスカーとの戦いで血を流しすぎてしまった‥。
あの出血量は流石に死を覚悟した。1日やそこらで意識が戻ったのは奇跡に近いことだと医者が言っていたようにも思う。私は覚えていないが、輸血も行われたらしい。まだ、針痕が残る右腕を見ると蒼く、痣になっている。目が覚めたとき点滴は左手にあったから、右手のこれは輸血の痕なのだろう。痛々しい穿刺痕にどれだけ太い針を刺されたのか容易に想像がついた。

以前、ノックス先生に言われたことがある。こんな無茶な戦い方を続けていたら、いずれ体の方が悲鳴を上げるぞ、と。
現に、今までだって何度も死にかけてきた。致死量ギリギリの血を使い、私は戦ってきた。いつ死んでも不思議じゃないし、長生きは出来ないだろう。

「……それでも私は構いませんよ」

人でない彼を殺す為には、私も人の限界を超えなければならない。私は痣を指でなぞった。

「しかし……さすがに少々、気持ち悪すぎです…」

輸血を受けたのは今回が初めてだったので副作用だろうか、と考えたが、それならばもっと早くに症状が出ているはずだ。この気分の悪さは恐らく精神的なものだろう。それにしても、この世界の医療設備で輸血を施されるなど……失礼だが衛生面をどこまで確立できてるのか疑問に思う。イシュヴァール戦での野戦病院は最低最悪だった。流石にあそこまで環境は悪くないだろうが、現世と比べるとどうにも不安になる。これで感染症なんてもらったらたまったもんじゃない。
最低限、輸血前に血液型は調べられているはずだが…クロス試験はしたのだろうか。していると信じたい。もし、血液型が間違っていたら私は今ここに立っていることも不可能だろう。

「血液型はちゃんと調べてますよね。カルテにも…書いていたはずですし」

そう言えば、病状説明に来た医者が持っていた私のカルテに、きちんと私の血液型が赤色のペンで表記されていた。少しだけ大きな文字で『AB型 Rh-』と。

「……………あれ……?」

おかしい、そんなはずはない、私はA型のはずだ。やっぱり間違えて輸血されたのだろうか、すこぶる気持ち悪くなってきた。おまけに鎮痛剤が切れたのか、背中の傷がズキリと痛い。この分だと傷口が開いてるかもしれない。

頭痛と増していく背部の痛み、目眩に吐き気、気分不良。ついでに天気は快晴で直射日光が容赦なく降り注ぐ。

「……少し休んだ方がいいですね」

私は手頃な民家の裏の壁、人通りもなく、ちょうど日陰になっている所にもたれた。熱を持った背中に土壁の冷たさがひんやりとして気持ちいい。

「……そろそろ出てきたらどうです?今なら私一人ですよ……」

目線だけを路地の奥へと向けて言う。数秒後、コツコツとハイヒールの音を響かせて闇の中からラストが姿を現した。

「あら、気づいてたの?」
「あなた達の気配は特別ですから……」

気怠い体を叱咤し、深く息を吐く。

「どうしたの?顔色が良くないわね?」

妖艶なラストの口調はどこか白々しく、何となくエンヴィーと似ていて腹が立つ。
いえ、何でもありません。と平静を装うが、実際のところかなり辛い。これは早く駅へ行って、ベンチで休むのが得策か。

「何か用でもあるのですか?ないのなら、私はもう行きます」

体調が優れない姿をこれ以上晒したくはない。やや乱れたマフラーを巻き直し、私はラストに背を向けた。

「……マルコーがいたわね?」
「……それが何か?」
「始末しなくてもいいの?暗殺リストに載ってたはずでしょ?」

よくご存知で。そんなに特務に詳しいならラストが特務に入ればいいんじゃないか、と思ったが口にはしなかった。代わりに冷たい視線を返しておく。

「マルコーの始末については…あなたに任せます」

暗殺リストなんて私には関係ない。だって私はもう特務ではないのだから。私がわざわざ手を下して消す必要もない。

「リト……あなた変わったわね」
「…………」

変わってなどいない、私の目的はあの頃からただ一つ。

“エンヴィーを殺す”
“現世を守る”
懐から時空の鍵を取り出し、ギュッと握り締めた。

大丈夫。私はまだ、大丈夫。ちゃんと戦えるから……。決意と誓いを鍵に込める。

「時空の鍵……石は何色になったかしら?」

ラストに言われて鍵を見ると赤色に近い濃い桃色になっていた。気のせいなんかじゃない、だんだんと色が変わってきている。

「そう……もうすぐね…───」

ラストは意味ありげに呟くと、マルコーの家の方へと行ってしまった。

ラストの残した言葉、私は気づかないフリをして再び駅を目指した。





(another side)

漸く辿り着いた駅のベンチに座り流れ行く雲を見上げるリト。顔色は先程よりだいぶマシになり、嫌な汗も引いた。吐き気も治まったし、何か考えていたような気もするが、また悩んで気分が悪くなっても困るので思い出すのは明日にしよう、そう思い束の間の休息を堪能する。

どれくらいそうしていたのだろう。リトは近づいてくる人の気配を感じ取り、体はそのままに言葉だけを投げかけた。

「……、話は終わりましたか?」
「あぁ……。」

そこにいたのはいつもよりワントーン声の低いエド。気まずそうにリトの斜め前に立った。

「雪女としての私の過去……聞けて良かったですね」
「っ!何で知って……!」
「図星ですか……」

呆れてものも言えないとは正にこの事。
リトとしては歯切れの悪いエドの調子から何となく予想を立て、カマをかけてみただけにすぎないのだが、エドの単純さはほとほと賞賛に値する。
エドみたいな人間が特務にいなくてよかった。もし自分の班だったなら今の失態で即斬り捨てていたに違いない。そんな物騒な思考を巡らすリトの口からは自然とため息がこぼれ、エドはハッとした後、うっ、と言葉に詰まった。

「勝手に聞いちゃってごめん、リト……」
「悪かった」
「我が輩も……、」
「…謝るくらいなら初めからしないでください」

怒っているわけではない。しかし、どうしても冷たい物言いになってしまう。こういう時、何を言ったらいいのか、どんな顔をしたらいいのかリトは分からない。結果的に淡々とした声で冷たく接してしまい、いつも場の空気を悪くするのだ。

と、そこへ……───


「君達!!」
「……っ?」
「あれ……マルコーさん?」

呼ばれた?と思い振り返ると、そこにいたのは急いでエド達追いかけてきたのか呼吸の荒いマルコーの姿が。その手には何やら白い封筒が握られていて、マルコーは真剣な面持ちで封筒をエドに手渡した。

「……私の研究資料が隠してある場所だ」
「……っ!」
「真実を知っても後悔しないと言うなら、これを見なさい。そして君ならば、真実の奥の更なる真実に…───」

そう言いかけてマルコーは首を横に振り言葉を止める。それは自分が言うことではないと悟ったからだ。
その代わり、今度はリトの方を向いて尋ねた。

「リトちゃんは、その……私を殺さなくていいのかね?」
「!?どういう事だよ!」
「私は資料を持って逃げ出した。恐らく特務の暗殺リストに入っているだろう……」

思いもよらぬマルコーの言葉にエド達は驚いてリトを見る。まさか、リトの様子がおかしかったのは特務からの指令があったからか、と危惧するが……リトは依然として空を見上げたままマルコーを見ようとすらしない。

「(あぁ……なるほどな)」

エドとアルはそんなリトの様子に安心し、顔を見合わせ二人で苦笑い。

「大丈夫だぜ、マルコーさん」
「……え?」
「リトはもう特務じゃないから。今は東方司令部勤務なんですよ」
「…!…特務を抜けたのかい…?」

驚きを隠せないマルコー。
今日、6年ぶりにリトに会って、彼女と対等に話をするエド達にまず驚いた。そして殺気を放ちながらも決して刀を錬成しない、銃すらも抜こうとしなかったリトを疑問に思った。

そして極めつけが、もう特務じゃない……その事実。
6年の間に訪れた変化にマルコーは目を丸くし微笑んだ。

「変わったね、リトちゃん」

ラストと同じ事を言っているのに、言葉の温かみは天と地ほどの差が感じられる。

「……そう…見えますか?」
「ああ、変わったよ。その変化はとても大切なものだ」

叶うことなら、そのまま彼女の中の闇を消し去ってほしい。そんな願いが込められたマルコーの言葉にリトは、漸く視線を空からマルコーへと移した。

凛とした紅い瞳、とても澄んだその色にマルコーが映る。

「あなたはもう見つかってしまった。……私が変わったと言うのなら、あなたも変わって下さい」

惨劇を繰り返してはならない。
彼らの計画に手を貸してはいけない。
自分達の“世界”を守りたいと思うのならば……。

「変わらないのなら私があなたを殺します」

相変わらず冷たい言い草だが、それでも殺気は感じられない。少し見ない間に変化は小さいが、それでも少女は大きく成長したようだ。

「(……あ。頭痛……、治まりました)」

マルコーに別れを告げ、列車は再びリゼンブールを目指して発車した。真実の奥を彼らが知るのは、まだもう少しだけ先の話。





2010.01.21


prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -