紅の幻影 | ナノ


戦場のマリオネット 1  


スカー捜索の指示も一通り出し終え、エドたちがリゼンブールへ行くことが決まった後、残る問題はあと一つだった。

護衛問題。最重要にして最難関、そもそも人材が限られている中での難しい問題だが、意外にもこれはすんなり解決されることとなる。
その結果がどんなに不本意だとしてもだ。


「───……俺ぁ仕事が山積みだから、さすがにもう中央に帰らなきゃならん」
「私が、ここ(東方司令部)を離れるわけにはいかないだろう」
「大佐のお守りが大変なのよ、すぐサボるから」
「あんなやばいのから守りきれる自信無し」
「「「以下同文」」」

上の三人はともかく、下の四人はもうちょっと根性みせろよ頼むから、と思うのも分からんでもないが今回の場合は、まぁ仕方ないだろう。何せ今警戒している敵はスカー。体術も錬金術も相当なやり手である彼に一般軍人では何の護衛にもならない。寧ろかえって邪魔になる。

そ・こ・で・!

「決まりだな!」

現在負傷しているエド、アル、リトの護衛として、暑苦しいでお馴染み中央のアレックス・ルイ・アームストロング少佐が名乗り出たのだ。
当然、エドは不服と言わんばかりに喚くのだが、頭の切れる司令官が見逃してくれるはずはない。

「まだ駄々をこねると言うのなら、命令違反という事で軍法会議にかけるが、どうかね?」

はははは
………大人って、汚いね。

権力を振りかざされてはエドに抗う術はなく、大人しく白旗をあげざるをえなかった。
そんなこんなで、アルが荷物扱いされたり、エドが子供扱いされたりして、あれよあれよという間に物事は決まっていった。

そして今、エド達三人とアル(家畜車両)が乗った列車は、イーストシティ駅で静かに出発の時を待っている。

すると、

──コンコン
軽く窓を叩く音に一同が顔を上げてみれば、陽気なテンションで微笑む彼の姿。

「ヒューズ中佐!」
「よ。」

聞けば、スカーの件やらでバタバタしている司令部の連中の代わりに見送りに来たと言う。こういう部下思いの一面がヒューズを慕う人間の多さに繋がるのだろう。

昔、リトもこの優しさに救われた。救われた…というと少々大げさに聞こえるが、この世界で戸籍のないリトにとって、ましてや人の恨みを買う仕事を生業とするリトにとって、暖かく迎え入れてくれる存在がどれほど貴重だったか。
しかし、当時の幼く、心荒んでいたリトではその有り難みを半分も受け入れられず、随分と冷たい態度をとってしまったことを、今更ながら反省する。
ただ、後悔はしていない。あの頃より少し大人になったからこそより強く思う、優しくしてくれる存在だからこそ必要以上に親しくなってはいけないのだ、とリトは気持ちにブレーキをかける。ごめんなさい、と心の中で謝りながら。



「そうそう、ロイから伝言をあずかって来た」
「大佐から?」
「ああ、まずはエドにだ」

どうせろくでもない事だろうとエドは怪訝するが、内容は……やっぱりろくでもなかった。

「『事後の処理が面倒だから、私の管轄内で死ぬ事は許さん』以上」
「『了解。絶対てめーより先に死にません、クソ大佐』って伝えといて」

ロイがロイなら、エドもエド。お互い憎まれ口を叩き合う二人はヒューズいわく長生きするらしい。
微妙なバランスで保たれているロイとエドは、これぐらいがちょうどいいのだ。

「んで、次がリトにだ」
「私にもですか?」
「『特務から何か言われても、今後一切…』」
「『しつこいです。もう勝手に任務を請け負ったりしませんから、ご自分の仕事をさっさと片付けて下さい、無能大佐』と、お伝え下さい」

それまでヒューズのことについて感慨深くなっていた自分の思いを一蹴するようなしつこさに、リトは思わずとびっきりの無表情且つ抑揚のない声で返事をしてしまった。
それほど、昨日からロイの過保護っぷりは凄まじかったのだ。トイレにまで護衛をつけると言い出したあたりでリトがガチ切れして、仲裁に入ったエドに対して三発ほど発砲する事件があったのは昨日の話し合いの数分後の事。
その後も宿のことや、ちゃんと傷が癒えてから旅に出たほうがいいのではないか、そもそもリゼンブールなんて遠すぎる…などと子離れ出来ていない親よろしく心配するロイに、流石のリトも最後の方は辟易して、ぐったりとしていた。
心配してくれているのは分かるが、昨日からこう何度も何度も同じ台詞を聞かれされては、いい加減リトも苛ついてくる。耳にタコどころか、イカまで出来そうだ。

「まあ、そう怒るなって」
「しかし、ヒューズ……、」

しつこいんですよ、と僅かに頬を膨らませて顔を背けるリト。

ほら、この子は人間だ。感情を失った傀儡なんかじゃない。
昔、自分が引き取った当時の心を閉ざしきっていたリトと、素直ではないがそれでも喜怒哀楽を見せる今のリトを比べて、ヒューズは暖かな笑みを浮かべる。

「ヒューズ?」

そんな自分を今度は不思議そうに見上げるリトは何て愛おしいのだろう。大事な大事なもう一人の愛娘、失いたくない大切な家族。

「それとリト、これは俺からだ。『お前が怪我したら、現世の親友達以外にも悲しむやつがいるってことを忘れんなよ?』」
「………はい。」

今だって、リトは無理して体を動かしてる。
それは誰かがとやかく言ったところで変わることはなく、エンヴィーを殺すまでリト自身止まるつもりはないのだろう。
けれど分かっていてほしい、どれだけの人間が君の事を思っているのかを。

小さく頷いたリトの頭をヒューズはクシャッと撫で、優しい父親の笑みをリトに向けた。
その時のリトの表情は現世で親友の明に頭を撫でられた時と似ているが少しだけ違っていた。明にはない父性をヒューズから本能的に感じ取り、今は亡き父の面影をそこに見た。

「あぁ、それとエド。お前さんにも言っとかなきゃならない事があるんだった」
「オレに?」

キョトンとするエド。
ヒューズは腰のホルダーから拳銃を抜くと先程までリトに向けていた菩薩のようなオーラから一転、どす黒い般若のようなオーラを纏いながら注意、もとい忠告する。

「『嫁入り前のうちの娘(リト)に手ぇ出しやがったらただじゃおかねぇぞ』」
「……アハ、ハハハ……ッ」

凄まじい迫力のヒューズにエドは苦笑いしながら、頷くことしか出来なかったという。

「いいかリト?何かされたらすぐに電話してくるんだぞ?」
「?心配しなくても私はエドより強いですよ?組み手をしてても怪我したことすらありません」
「(たぶん…そういう事じゃないと思う…)」

真剣なヒューズ、話についていけてないリト、引きつった表情のエド。その3人をアームストロングは微笑ましく見守っていた。


───ジリリリリリ
どうやら出発の時刻がやってきたようだ。けたたましいベルの音とともにようやく列車が動き出す。

「ヒューズ!今度セントラルに行ったら…」
「おう!絶対うちに帰って来いよ!グレイシアもエリシアも待ってるからな!!」
「はい、必ず…!!」

小さくなっていくヒューズを見つめながらリトは微笑み、窓の外から怖ず怖ずと手を振った。それを見たヒューズがハートを撒き散らしながら手を振り返したのは言うまでもない。

これが最後の別れだった。






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