紅の幻影 | ナノ


晴れのち曇り、そして嵐へ 3  


(エドside)

飛行機で空を飛んで約1時間半。着いたのはアオモリというらしく、リトの家があるオーサカってとこよりも、ずっと北の国らしい。
大阪よりも人や建物の密度が低く、比べればどちらが栄えているのか一目瞭然だが、オレとしてはこっちのほうがなんとなく落ち着く。オオサカはうるさすぎた。

「で、今からどこに行くんだよ?」
「それは……」

前を歩くリトは振り返り、そこまで言うと急に固まった。

「リト……?」

目を見開かせて固まるリトを覗きこもうと近づいたら、リトはカッと目を見開き、今度は急に走り出した。

「おい!リト!!」

足、速っえーー!空港にいる人の間を通り抜け、脇目も振らず走るリトを度々見失いつつもオレは必死に追いかけた。何度名前を呼んでも、リトはオレの声なんて聞ぃちゃいない。ただ前だけを向いて、リトにしか見えない何かへと走りつづけた。

そうして着いたのは人気のない空き地。やっと追いついた時、リトはウィッグを脱ぎ捨てて見慣れた黒いコートを身に纏い、深紅の瞳でただ真っ直ぐ空を見上げていた。

「……リト…」
「………」

オレも空を見上げたが、とくに変わった様子もなく青空が広がるばかり。雨一滴すらも降りそうにない。だが、リトは何かを予期するように黙って青空を見据えている。

「リト……どうし…」
「──…来た。」

リトが眉をひそめて呟いた瞬間、オレの立つ大地が震えた。

──カッ! バシィッ
──バチバチッバチ

大地の震えに共鳴した空気が雄叫びを上げ、空には稲妻が走り、けたたましい音とともに現れたのは数体の獣。およそ現世に似つかわしくない風体の怪物、それは合成獣だった。

「…っ、キメラ?!なんで、こんな所に…!?」
「時空の歪みの影響です。邪魔なんで下がってて下さい」

リトは予定調和とでもいうように、特に焦りも見せることなく氷の剣を錬成すると次々にキメラを斬り殺していった。

──パンッ

オレも錬金術で武器を錬成しようと手を打ち鳴らし、地面に両手をつく。しかし、何度両手を合わせても乾いた音が虚しく響くだけ。

「何…で……術が発動しない!?」

錬金術が使えない?でも、オレの眼前で戦うリトはいつもと同じように錬金術を使っている。

「…なんでだよ!」

募る焦りを地面にぶつけても何も解決はしない。獣の慟哭に顔を上げれば、三首の犬が涎を滴らせてオレを見ていた。最悪だ、壁を錬成しようにも錬金術が使えない。オレは咄嗟に機械鎧の右腕で頭を庇った。

──ザシュ…ッ

「……っ、リト……」
「この世界で術を使えるのは、時空の鍵を持っている私だけです」

オレに襲いかかろうとしていた犬キメラに剣を突き刺してリトは言う。

「これは私(時空の番人)の仕事です」

犬キメラの中央の頭から剣を抜き、血の滴るままのそれで残り2つの首も斬り落とす。一瞬見えたリトの手元は既に真っ赤に染まっていた。

──ゾクッ
また、あの目だ。キメラを映したその瞳はあの日と同じ、殺す事に躊躇いのない瞳。オレが慄き、嘲笑し、憐憫した……冷たい紅。

「キメラなんて……大嫌いです。」

──パン!

リトは吐き捨てるように言うと両手を合わせ、一匹のキメラに触れた。

──パキッパキッ パキッ

リトが触れたキメラ、そのキメラから連鎖的に氷が広がっていく。たった数分でリトは呼吸を乱す事も、手元以外に返り血を浴びる事もなく全てを終わらせた。

──パリンッ

リトが氷の塊に触れると氷は砕け散り、まるで雪のように降りそそぐ。
こんな時に不謹慎かもしれないが、その中心に立つリトは儚くて、例えようもなく綺麗だった。まるで夢を見ているようだ。しかし、地面に手をついた時に手袋についた土がオレを現実に引き戻す。

キメラが現世に現れる事は聞いていたが、正直なところ半信半疑だった。旅の途中にリトが時空の歪みを感じて現世に戻る事はあっても、帰ってきたリトは平然としていて、『あぁ、そんなもんなのか』と軽く考えていた。

けど実際に見て、もしここにオレ達……いや、リトがいなかったらって思うとゾッとする。

『時空の番人』
また一つ、リトの背負う物を理解した。

キメラ達の後処理を淡々とこなすリトにオレはなんて声をかけていいのか分からなかった。お疲れ様も変だし、大変なんだなと言うのも今更だ。

黙々と後処理を終えると、やっとリトが口を開いた。「行きますよ」と一言だけ。オレも短い言葉で返事だけすると、そのまま会話らしい会話もないままオレたちは再び歩き出す。

ローカル線を乗り継ぎ、更に山道を歩くこと数時間。
オーサカ…いや、大阪に比べて気候はずいぶん涼しいが、山道と呼べるかどうかすら疑わしい道無き道を歩き続ければ、さすがに体力の限界がやって来る。

「なぁ、リトっ……どこに、向かってん、だよ……っ」

ここまでくれば気まずい空気とか知るかそんなもん。目的も教えられないまま、時に痴漢扱いされてまでついてきてるのだから、少しぐらいオレにも発言権があっても殺気は飛んでこないはず。息も絶え絶えになりながら、オレは前を歩くリトに訊ねた。

「もう少しですから…っ……我慢して、下さい…」

深い森に不安定な足場、これにはリトも少々キツそうだ。

「もう少しって……さっきから、そればっかじゃねぇか…」

オレはげんなりと言い返すが、言い換えればさっきからオレが同じ質問を何度もしている事になる。それぐらいは許してほしい。

「(こういう時、リトの銀髪って便利だよな……)」

こんなに深く薄暗い森の中でもリトの銀髪はキラキラと輝いていて、オレは見失わずに済んだ。
それにしても、リトは何故こうも迷うことなく進めるのだろうか。既に道なんて無いに等しい。目印があるわけでもない。果てしなく同じような木々が生い茂り、一人だったら確実に遭難するだろう深い森を、リトは地図もコンパスもないまま迷うことなく突き進む。まるで何かに惹きつけられているみたいに。

ぼんやりとリトの後ろ姿を眺めていると、ふとリトが立ち止まった。

「……着きました。」

リトの目線の向こうには木々の隙間から屋敷のような建物が見える。
こんな山奥に?人里から離れすぎだろ?
そう思いつつも歩調を早めたリトの後を追ってオレは森を抜けた。




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