紅の幻影 | ナノ


晴れのち曇り、そして嵐へ 2  


なんやかんやあったが暫くしてエドの機嫌も治り、二人は無事飛行機へと乗り込む事ができた。これで一安心、とホッとするのはまだ早い。エドにとって空の旅は始まったばかりなのだから。さあ、存分に堪能してもらおうじゃないか。いつの時代、どこの世界でも人は空に憧れを抱く。これも一つの真理と云えよう。
座席は指定席で窓際にエド、通路側にリトといった形。これは初めて飛行機に乗るエドに対してのリトなりの配慮だ。

「なんか、窓、小さ……っ…」
「小さいですね。」
「誰が赤ん坊の時から成長してないちびっ子かぁ!」
「あなたの言葉を代弁しただけです。狭いんですから、叫ばないで下さい。」

──ゴスッ

リトは読んでいた本でエドを殴った。

「いっつ〜…(暴力女!!)」
「何か?」
「…なんでもねぇよ」

リトに睨まれて平気でいられるやつがいたら見てみたい、とエドは思うが、睨まれて平気などころか興奮を覚える男が少なくとも一人いる。その事実をエドが知るのはもう少し先の話だ。

エドがキョロキョロと狭い機内を観察していると、出発時間になったのか、機内放送が流れ飛行機が動き出した。
ゴゴゴゴと音を立てながら滑走路を進む。

「な、なあっリト!何かスピード出しすぎてないか?」

慣性の法則によって生じる尋常じゃない、スピード感。エドは思わず前の座席に両手をついた。こんな腰の拙いシートベルトじゃ心許ない。

「助走は大切です。だって今から飛ぶんですから」
「あ〜、なる程……って、飛ぶぅ!?」
「“飛行”機と言ったはずです。黙って窓の外でも見てて下さい」

きっと忘れられない体験になりますよ、とリトに言われて窓の外を見てみると、空港の職員らしき人が手を降っていて、エドは思わず振り返した。
だが、滑走路に入ると今まで以上にスピードは上がっていき、刹那…───ぶわっ…ッと急に感じた浮遊感。人も建物も、見えるもの全てがどんどん小さくなっていく。

「なっ…あっ……」

大きな都市も高い山も、初めて目にする海さえもが、小さな箱庭の模型のようだ。

「飛んでる……飛んでる!!こんな鉄の塊が空を飛んでる!!」
「アルミなども含まれてますが…」
「それでもすげーよ!アルにも見せてやりてぇ!」

ここでもやっぱりはしゃぐエドを他の乗客がチラチラと見てくる。如何せん、興奮したエドは声が大きい。小さな子どもならまだしも、エドは誰が見ても児童ではなく中学生か高校生ぐらいだ。少し落ち着けよ、と機内の誰もが思っているだろう。

「〜〜…っつ!」

リトはその視線に恥ずかしくなり、キャビンアテンダントを呼んだ。ニコニコとしたキャビンアテンダントは営業スマイル全開でエドにカゴを差し出す。

「好きなのを選んでね」

カゴの中にはいくつかの子ども用おもちゃが入っていて、リトはそこから色鉛筆と画用紙を受け取ると、エドの前の折りたたみ式簡易テーブルをセッティングし、どうぞと色鉛筆を手渡した。

「それで遊んでて下さい。」
「あ〜の〜なぁ〜」

エドがキレようとした、その時。

【皆様、本日は……】

機内放送が流れ、モニターに注意事項が映る。エドも初めこそ丁寧に解説される非常口や救命胴衣の説明などを聴いていたが、次第に顔を青ざめていった。

「やっぱり……墜ちる事あんのか?」

至極不安そうに尋ねた。そんなエドをリトはチラリと横目で見て、

「心配しなくても、墜ちたら『痛い』とか感じる暇なく死ねますよ」
「じゃなくて、怖くねぇのかよ?」
「そんなにしょっちゅう墜ちる物ではありませんから」

悠長に読者している。
本のタイトルは“crash(墜落)”
そう言えば、前に飛行機がハイジャックされる事件もありましたね、と笑えない話で締めくくった。

「……………。」

エドはそれから目を逸らすように窓の外を見る。飛行機の上空には海のように広い晴れ渡った青空。下には白い曇の層が陽の光を反射していて、まるで天地が逆転したような不思議な光景だった。

「オレ、初めて雲を上から見た……」

錬金術が発達してなくても、科学技術が秀でたこの世界。あらゆるドアは自動で開き、お金を入れれば道端でも飲み物が出る。世界各地の出来事が映像とともに自室にとどき、こうやって人類の夢である『空を飛ぶ』事でさえ実現している。

「…現世っていいな」

優れた技術を人のために活用してる。エドが何気なしに言った言葉に、リトは読んでいた本を閉じた。エドが知ったのは、あくまでもこの世界の綺麗な部分にすぎない。この世界にだって闇はちゃんと渦巻いている。

「…今は平和ですが、昔はこの国も戦争をしていましたよ」

今だって、戦い続けてる国はあります、と言いながらリトはさっきもらった画用紙に略地図を描き、テロ活動の盛んな地域に“danger(危険)”の文字を添えた。

「文明の発達に伴い、効率的により多くの人を殺す術を人間は得てしまいました」

“atomic bomb(原子爆弾)”
“nuclear weapon(核兵器)”
リトは次々に書いていく。

「たとえ戦いが終わっても、その爪痕はその地に深く残ります」

“mine(地雷)”
その横にドクロの絵を付け足した。
この国にだって、60年以上前に終わったはずの戦争の後遺症で苦しむ人がいる。先人たちがあれだけ苦しい思いをしたのを知りながら、今なお戦争に賛同する人たちもいる。

「世界が変わっても戦う事を止めない悲しい生き物。軍人の私が、人間兵器と呼ばれるこの私が言うのも変な話ですが……何故、人は争うのでしょうか?」

敵は人間なんかじゃないのに、今はリトだけが知る世界の真実。

「過ちを犯し、世界の真実が見えてない……人間は悲しい生き物です」

自嘲するかのようにリトは言った。守るべきはずの世界なのに、その愚かさを知ると自分のやっていることの意味を問いかけたくなる。

リトの手から離れ、コロコロと転がる色鉛筆をエドが掴んだ。

「でも、気づける…」
「………」
「人間は過ちに気づける生き物だ」

過去に間違いを犯し、それを背負う者だからこそ言える言葉は重い。エドの言葉も、また真理。

「…そうですね」

不思議とエドの言葉はリトの中に染み込んだ。エドの言う通り、少なくともこの国は一度過ちに気づいた。ならば、この先も賭けてみよう、守るべき価値のある世界であることに。


「──…人間は愚かだよ、守る価値なんてない」


口癖のようにエンヴィーが言っていた言葉に危うく洗脳されるところだった。確かに昔はそうでも今は違う。

「……今なら言い返せます」
「ん?何か言ったか?」

キョトンとするエドに「なんでもないです」と言った後、リトは心の中で小さく「ありがとう」と呟いた。

「……どうやら、着いたみたいですね」

リトの視線の先、窓の外にはいつの間にか陸地が見えていた。



2008.11.27


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