時空の扉をくぐり、リトが行き着いたのは、学校の中庭に植えられている木の裏だった。
「キメラが現れる様子は……ないですね」
時空が歪んでいるからと言って、必ずしもキメラが現れるわけではない。たまにはこんな日だってある。
「何故か…ひどく懐かしい気がします」
およそ1ヶ月ぶりの現世の風景は授業中なのだろうか、シーンとしていた。
…………た?
─ドタドタドタドタ
きっとこれが漫画なら大きな太字で表記されるであろう足音。近づいてくる気配にリトが振り返ってみれば、
──ガバッ
「理冬ーーーっ!!」
──ゴン!
美香が走ってきて、そのままの勢いでリトに飛びついた。当然ながら反動でリトは飛ばされ、後ろの木に後頭部を強打する。
「ぃ!っつ〜……、美香!いきなり危な…」
後頭部をさすり涙目になりながらリトは美香に注意しようとするが、途中で言葉が止まってしまった。
「──…っ、理冬……よかった…ッ」
リトは気づいた。自分に抱きつく親友の肩が……震えている事を。
「理冬が無事で、本当によかった……っ」
「美香……ただいま」
リトもぎゅっと美香を抱きしめる。
と、そこへ…──
「おーい。」
「二人の世界に入らんといてくれるかー?」
「ここ、中庭ですわよ?」
聞こえてきた懐かしい声。
「!?……明!隼斗!千尋!」
抱きしめ合う二人を呆れたように見る、親友達の姿。
「うわー……あんた達、ついて来てたの?」
「だって、美香が授業中にいきなり『理冬が来た!』って叫んで、走って行くんですもの」
「これは、追いかけやなアカンやろ!」
「右に同じ。」
以前と変わらぬ態度で話す三人。そんな中、リトの顔は気まずそうに翳りを帯びていた。
「あの…みんな……、その…私………」
美香には事情を話し、受け入れてもらえた。しかし、彼らにはまだ何も話してはいない。
明も千尋も隼斗も、リトにとっては美香と同じ、かけがえのない大切な親友だから。
"人殺し、雪女"…もし話して、拒絶されてしまったら…。そう思うと、なかなか言葉が出ない。
──ぽんっ
「…バーカ。」
明がリトの頭に手を置き、その髪をくしゃっとする。
「あき…ら?」
「事情なら、全部美香に聞いたよ。」
「…っ!なら、私はっ……」
顔を歪ませ、俯くリト。だが、降ってきたのはリトの予想もしない言葉だった。
「言っとくけどなぁ、国家錬金術師がなんぼのもんじゃい!」
「……へ?」
思わず間抜けな声がでてしまった。
「あの……隼斗?」
顔を上げたリトの目に映ったのは、二カッと笑う、隼斗。
「国家錬金術師がどんなけ偉いんか知らんけどなー……んなもん、こっちじゃ何の意味にもならんわ!!」
「そうですわよ。少しばかり頭と運動神経がいいからといって、私達はあなたを特別扱いなんてしませんことよ?」
ふんぞり返って言う、千尋。
「…いや、そうじゃなくて。……私は、人殺し…」
「だったら何だよ?」
明はリトの両肩を掴んで、しっかりと目を合わせる。
「そんなもんでお前を嫌いになれる程、俺達は大人じゃない」
「…明……っみんな……ッ」
「……理冬…」
美香、明、隼斗、千尋はリトを見て、優しくほほ笑み…、
「「「「おかえり!!」」」」
そこには確かにリトの居場所があった。
「ただいま…ただいま、みんな!」
リトも目に涙をためながら、にっこりとほほ笑んだ。
その時…、
──ドサッ
5人の後ろで、何かが落ちた。リトが振り向いてみると…
「……!?エド!?」
木から落ちたのであろうエドが、尻餅をつきながら、これでもかというぐらい瞳を見開いて固まっていた。
「エンヴィー……では、ないようですね…?」
前回の事もあり、リトは少し疑ってしまう。
「(まぁ…、エンヴィーなら、こんな間抜けな落ち方しませんね。)」
つまり、これは正真正銘エド……なのだが、
「何故、エドが現世に?」
『お父様』がいるエンヴィーとは違い、エドにはこちらに来る方法などないはず。依然として何も喋らないエドだが、その頬は赤く、口はパクパクと動いている。
リトは怪訝に思い、再度尋ねる。と、
「……リトが…」
「?」
「リトが(優しく)笑った────!!!何で?あの超無愛想なリトが……ほ、ほほ笑……え──!?嘘だろ!?…はッ!そうか!!これは夢だ!!なる程、夢かーー。」
一人納得するエドに、リトの怒り数値は上がっていく。
「エド……一生、夢を見せてさし上げましょうか?」
冷笑しながら言った。
「痛っ!ちょっ、リトさん!!冷気が痛い!……ってことは現実!?」
現実逃避をやめ、ここで始めてエドは周囲を確認する。
「ここ……どこだ?」
知らない風景、知らないやつら。少なくとも、ここがイーストシティではない事は確かだ。
「オレは……さっきまで駅にいて……そしたらリトが急にどっか行くのが見えて、追いかけたら……光に包まれたんだ……」
自分の辿ってきた道を思い出す。
"光"とは、おそらく時空の扉から出る光の事だろう。
「(まさか、連れてきてしまうなんて…)」
時空の歪みと扉の開閉が重なれば、こうやって契約者以外が扉をくぐり、世界を渡る事もできる。だからこそリトは扉を……時空の鍵を使うさいには、いつも細心の注意を払っていたのだ。
いくら心が乱れていたとは言え、今回の自分のミスにリトは慨嘆する。
「……よく、ちゃんと現世に来れましたね。」
「?……何で?」
時空の鍵を使って扉を開ける時に注意するのは、何も『世界が交わる』とか、そんな事を気にしてるわけではない。
リトが気にしているのは……、
「時空の扉の中…世界の狭間に、取り残されなくてよかったですね。それに、あれは集中しないと稀に違う世界へ出る事もありますから……」
「嘘っ!?マジで!?危なかったー」
今回、エドがちゃんと世界を渡れたのはラッキーだった。
「まったく……あ!そうだ、美……香…?」
親友達の事をすっかり忘れていたリトが、どう説明しようか悩みながらも振り向くと…
──がしっ
両肩を掴まれ…、
「Good job!!」
そう言った美香の目は輝いていた。
「え?美……」
「エドだーーーー!!!」
「ちょっと、美香!明達も何やってるんですか!?」
「なっ?えっ!?」
4人はエドに群がる。
「なっ、何だお前ら!?」
「うっわぁ〜!本物だぁ〜!!うふふ〜、金髪!!」
「は?当たり前だろ!?…いてっ!引っ張んな!!」
美香はがっちしとエドを捕まえ、やりたい放題。
「右腕の機械鎧……すっげぇ。上着脱がすぞ?」
普段は姉である美香達の暴走を止める側の明も、今回ばかりは興味津々。
「おい、やめろ!!」
身の危険を感じ、エドは逃げようとするが……
「逃げたら…エドさんの恥ずかしい過去、全っ部、理冬に話しますわよ?」
千尋が耳元でボソッと呟き、他の三人もニヤリと笑う。
「なっ、な何でお前ら、そんな事、知って…ッ」
「現世の人間なめんなっちゅーことや♪左足も見にくいから、ズボン脱がすで?」
エドの返答を待たずに隼斗がズボンに手をかけた。
「え、いや、それはっ……Noーーーー!!」
エドの叫びも虚しく、興奮した美香達のなすがまま……。
「あの…みんな……。私、着替えてきます」
4人の暴走に若干引き気味になりながらも、「まぁ、大丈夫だろう」と言う結論に達し、リトは更衣室へと着替えに行った。
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