(リトside)
あれから暫くして、二人が帰って来た。
「リト!終わったよ。リトは気分、大丈夫?」
「えぇ、おかげさまで少し楽になりました。」
二人に怪我はなく、ホッとした。
……何故?どうして今、安心したのでしょう?
私の思いに答える事なく、列車は駅へと到着した。二日酔いは楽になったのに、何故か私の心は曇っている。
リトらしくないね。エンヴィーがいたら、きっとこう言うのでしょう。本当に今の私は、私ではないみたいに無防備だった……。
「──…うわぁ!」
「貴様……ぐあっ!!」
「………っ!?」
首もとにはナイフ。
「このガキをぶち殺されたくなかったら、全員動くんじゃねぇ!!」
トレインジャックの主犯、確かバルトと呼ばれた男が私の首に腕を回し、仕込みナイフを突きつける。これは所謂、人質と言うやつでしょうか。バカですね。私を人質にとるなんて……周りは皆、呆れてる。
“紅氷の錬金術師を人質にとるなんて”
誰もがそう思っているのでしょう。その証拠に誰も焦ってなどいない。
さっさと凍らせて終わりにしよう。私は心の中でため息をつきながら両手を合わせようとした。
「てめえ!リトを離しやがれ!!」
「───…っ!」
聞こえてきたエドの声に思考が、組み立てた構築式がかけ消される。
「鋼の……彼女なら別に…」
「そうっスよ、大将。寧ろ不運なのはテロリストの方で……」
大佐とハボック少尉の言う通りだと思う。なのに、何故あなたはそんななにも息巻くのですか?
「小僧、そんなにこの小娘が大事か?」
バルトの持つナイフが首に触れる。
チクッとしたから、たぶん少し切れたのでしょう。エドの怒気が更に増したような気がした。
「ねぇねぇ!お姉ちゃんは、あのお兄ちゃんの事が好きなの?」
先程の少女の言葉が頭に浮かぶ。
わからない。何故、エドが怒るのかも。何故、少女の言葉がこんなにも気になるのかも……。
──ズキッ
考えれば考える程…頭が痛い……。
私は……私はっ…
「………憎んでよ。」
───…っ
頭に突如として響く、あの男の声。
「僕の事も、あいつらの事も……みんな、みんな憎んで。」
うるさい、うるさい。
聞きたくない、大嫌い。
「そして……僕を殺しにきて?」
っつ……そうだ、殺してやる。
絶対、殺す……──
「私は……」
「何だ?抵抗する気か!?」
「リトっ!!」
私がエドを好き?そんな事、あってはならない。
私は……憎まなければいけない。
そのような邪心を抱くなど……
「私はいつから、こんなにも腑抜けになってしまったのでしょうか………」
──パン! パキパキッ
「っ!?…何だ、てめぇ!」
私は首から流れる血を使い、氷の小刀を生み出した。いつもの刀よりもだいぶ小さいが、小さくとも凶器は凶器。使いようによれば、人を殺すことも容易い。
小刀をくるりと逆手に持ち替え、斬りつけた。
「ぐはぁっ!!」
迷うな、私は雪女。冷酷な……雪女。
視界に飛び散った鮮血が映った。その向こうには目を見開くエドの姿。
小刀の冷たさがやけにリアルに感じた。
そう、これでいい。雪女は人の温かさを知ると…溶けてしまうから……─────
「ど畜生め……」
バルトが私を憎しみのこもった目で睨んでくるが、そんなのにはもう慣れた。
「……殺してなかったのだな」
「そうみたいですね……」
殺すつもりでやった。けど、死んでなかった。
この男の運がいいのか、私がしくじったのか、…私は考えるのを止めた。
「……さっさとこの男を連れて行って下さい。…マスタング…大佐」
イヤミっぽく言うと、大佐は顔をひきつらせる。
「くっ……分かりました、アールシャナ、准将」
…けっこう面白い。
出世なんて興味なかったが、縦社会の軍では地位が全て。お金と一緒であると困らない。
「リト!大丈夫か!?」
大佐とそんなやりとりをしていると、エドとアルが心配して私の方へとやって来た。私はとっさに血のついた小刀を隠す。
「私があの程度の輩に負けるわけないです」
「……リト?やっぱりお前、まだ顔色悪いぞ?」
「いえ、大丈夫です。先に司令部へ行っておいて下さい」
どうして私は今、小刀を隠したのか。見られたくなかったから?そんな疑問符ばかりが頭に浮かび、二人から逃げるようにして離れた。
「あ……行っちゃった」
「たくっ、フラフラじゃねぇか。大丈夫か?あいつ」
背後から聞こえてくる二人の声も意識の外へ押しやる。
最近あの二人、とくにエドといると自分がおかしくなる気がして……それが不可解で、怖い。
──ゴオゥッ
それは何の前触れもなく、突然感じたプレッシャー。
「…っ!…時空の歪み…!」
とっさに辺りを見渡すがトレインジャックの件もあり、駅には大勢の憲兵がいた。こんな人の多いところで時空の扉を出現させるわにはいかない。
「どこか、人気のない場所……!」
目にとまったのは、貨物車両。荷物の出し入れは終わっている様子だったので、あそこなら誰もいないはず。
私は急いで貨物車両に飛び込み、言霊を唱えた。
「開け、時空の扉!!」
何もない空間から表れた扉は音をたてて開き、光が私を包んでゆく。
この時はまさか彼が私の後をついて来てたなんて、思いもよらなかった……────
2008.11.06
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