紅の幻影 | ナノ


特務の人間 3  



────………あたりを静寂が包む。
テロリストたちは全滅。掠り傷一つないリトの握る紅い氷の刃から鮮血がポタポタと滴り落ち、一定のリズムを刻んだ。

──ガッ

「何で……何で殺したッ!?」

リトが刃に映る自分を見つめていると、いきなり胸ぐらを掴み上げられた。
掴んだのはエド。その目には激しい憤怒の炎が燃えていた。

「…私は命令に従っただけです…」
「命令だったら殺すのかよ!人質まで!!」

胸ぐらを掴む手がギュッと強くなる。それに対してリトは驚く様子も怯える様子も見せない。

「あの人質は……。いえ、そんなことより、何故あなたが憤るのですか?」
「…なんだと?」
「あなたも軍の狗でしょう?私と同じです」
「っ………」

リトは自分の胸ぐらを掴むエドの右腕を掴み返した。

「ちがう…オレは…、オレは!」
「そうですね…違いました。あなたは負け狗です。」

冷たい口調と、その瞳の奥に潜む確かな嫌悪。

「人質がいるからと言って何もしなかった。戦うこともせず逃げ出した負け狗が、偉そうに吠えないで下さい」
「…っ、うるさいっ!!」

──ドカッ

リトの凍てつくような瞳と抑揚こそないが威圧感に溢れた言葉。エドはそれを拒むようにリトを殴った。
リトをよく知る軍人たちは「あいつ、終わったな…」と一瞬にして青ざめる。
しかし、リトは受け身を取ることもせず、砂埃を巻き上げながら倒れた。助け起こす者は、いない。

「兄さんっ!!」
「オレは、お前とは違う!オレは、お前みたいに冷酷なんかじゃない!!お前、氷みたいに冷てぇよ…」

心が氷みたいにだ、とエドは再度呟いた。
起き上がり、顔を上げたリトは口の端から流れた血を手の甲で拭い、それまで真っ直ぐにエドを見据えていた目を伏せて言う。

「そうですね。…私は『雪女』ですから」

蒼白ともとれる雪のように白い肌。時折、風に揺れる銀髪。そして、血のように紅いのに氷のように冷たい瞳。

「『雪女』か……ぴったりだな」
「…………。」

嘲るような物言いのエド。いつもなら止めに入るはずのアルも何も言えなかった。それ程までに、彼女は冷たく見えたから。誰も否定できない。

「『傀儡』でも『雪女』でも『番人』でも、好きなように呼んで下さって結構です。私があなたを嫌いな事に変わりありません」
「あぁ…オレもお前みたいなやつは大っ嫌いだ」

一触即発の雰囲気でリトとエドが睨み合う。皆の意識が二人のやり取りに向いている中、予想外の人物が動いた。

「…っ、そんな!兄さん、危ないっ!!」
「アル……?」

いち早くその気配に気づいたアルが危機迫る兄の名を叫ぶ。エドが振り向き見たものは、自分に向けられる銃口。

そして…、

「っ!お前、人質だったんじゃ…!」

人質だと思っていた男が撃たれた足を上着で縛り、銃を構えていた。怯えていたのはただの演技。シャツの背中に印刷されたテロリスト集団のシンボルマークが、男の正体を物語る。

「死ねぇえ!軍の狗があぁぁっ!」

──ドゥンッ

「兄さん…っ!」


薄暗い廃工場に一輪の真っ赤な花が咲いた。




2008.10.16




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