紅の幻影 | ナノ


特務の人間 2  



セントラルシティ、言わずとしれたアメストリスの中心都市だ。この時代、この世界において『都会』と呼ばれる部類の最たる都市。…と言っても、全てが陽の当たる場所ではない。

光あれば、その裏側に影は必ず存在する。
かつては工業として栄え、多くの労働者が汗を流していたそこも、度重なる経営難により倒産し、今では残った建物がゴロツキどもの巣窟となっていた。
そして軍の調査の結果、そこには多くの指名手配犯がいることがわかり、軍は強攻策をとったのだが…。

「てめぇら!それ以上近づくと、こいつの頭ぶっ飛ばすぞっ!!」
「ひいぃぃっ!た、助けてくれぇ!」

テロリストの一人が一般市民と思しき男の頭に銃口を突きつける。
如何にも気の短そうな大柄の男、その後ろにはテロリストの仲間と思しき男達がそれぞれに武器を持ち、軍に対して威嚇している。

「くそっ…あの野郎!だいたい、なんで一般人がこんな所にいるんだよ!」
「落ち着いて、兄さん!あんまり刺激しないほうがいい!」

先に到着したものの、エルリック兄弟ですらこの状況に手も足も出なかった。たった1人と言えど人質を見捨てることはできない。これがエドの優しさであり、リトの言う彼の『甘さ』なのだ。

どうしたものかと、状況を打開するべく策を思案するエド達であったが、そんな彼らの前に一台の軍用車両が止まった。
膠着状態である今はこれ以上増援が来ても無意味なような気もするが…。誰もがそう思う状況だった。しかし、それは大きく裏切られることとなる。中から出てきたのは、国軍少将にして特別任務執行部隊の隊長、イリーガルだった。

「まったく…何をやっているんだ、この程度の相手に……」

彼の登場にその場にいた軍人達が敬礼する。

「ざっと数えて30……いけるか?」

テロリスト達のおおよその人数を数え、イリーガルは後ろにいる人物に訊いた。そこにいたのはエド達と出会ったときと同じ服装、黒いコートと白いブーツを着用したリトの姿があった。

リトは自分に訊ねるイリーガルも、敬礼する軍人達も、苦虫を噛み潰したような表情で睨むエドも見ず…ただ、じっと……人質をとっている男とその人質を見ながら淡々と吐き捨てた。

「……愚問ですね。」

それを聞いたイリーガルが満足そうに微笑んだのは言うまでもない。それでこそ、特務の人間。

「援護は必要ないな?」
「結構です。巻き込まない自信はありませんから」
「よろしい。では、あの者たちに粛清を!全てなぎ払え!紅氷の錬金術師!!」
「………………」

リトはゆっくりとテロリスト達の方へ歩いて行く。途中、エドが何か言っていたが完全に無視だ。
人質をとっているテロリストの十数メートル手前で止まると、とくに構えることもせず淡々と決まり文句を述べる。

「全員速やかに投降して下さい。承諾しないと言うならば身の安全は保障しません」

当たり前だが、それを素直に聞き入れるテロリストなどどこにもいない。早速リトは十数人の男たちに取り囲まれた。
それでも尚、毅然とした態度を崩さない。

「大人しく投降するか、否か……」
「ぎゃはははっ!こんなお嬢ちゃんに何ができんだよ!?」
「あッ!もしかして人質になりに来てくれたとか?」
「ハハハッ!にしても嬢ちゃん、可愛いなぁ!」
「オレたちと遊ばねぇか!?楽しいぜぇ?」

軍が後退し、単身でやって来たのが少女だと知って男達は笑った。後の身に起こることなど、彼らは知る由もない。

「…遠慮します。生憎、私は上官からの命令を遂行しなければなりませんので」
「命令?何々?俺達を捕まえるってか?お嬢ちゃんよお……これが見えないのかい?」

そう言って男は人質に向けてある銃の引き金に指をかけた。人質は下を向き、恐怖からかカタカタと震えているが、可哀想に、なんてリトは微塵も思わない。

「交渉決裂ですか……わかりました………」


──バンッ!

「う゛ッうあぁぁぁっ!」


人質の足が撃たれた。引き金を引いたのはテロリスト……ではなく、リト。

「てめぇ!何しやがる……人質だぞ!」

突然の少女の奇行にテロリスト達はおろか、後ろで様子を見ていた軍人たちも驚愕している。その中で唯一、イリーガルだけは至極の笑みを浮かべていた。

「人質?……邪魔なんですよ。そもそも、私にそんなもの通用しません」

まだ硝煙の上がる銃を後方に投げ捨て、リトは苦痛にのたうち回る男を一瞥し、冷笑した。

「…騙せると思ったんですか?」
「クッ…ソがぁぁぁっ!!」

一人の男がリトに向かって発砲する。しかし、物凄い光と音を伴って現れた氷の壁に銃弾は全て防がれていた。

「なっ……錬金術師!?」

テロリスト達はどよめく。
子どもだと思っていた少女から感じる空気は冷たく、痛い。感情が欠落したかのような無表情の紅い瞳は10代の子どもには不相応すぎて…例えようのない恐怖を男たちに植え付けた。

「……一つ、訂正しておきます。私が受けた命令はあなた達全員を捕らえることではありません。」

これは捕縛なんて甘っちょろいものじゃない。ここは戦場。恨むなら、弱い自分が悪いのだ。絶対的強者の前で慈悲など期待してはいけない。これから始まるのは…殺戮だ。

「私が受けた命令は、全員を始末すること…」

そうですよね?と、リトはイリーガルの方を振り返り確認する。

「あぁ、そうだ。さあ!君の得物で斬殺してしまえ!」

何かを期待するようなイリーガルの眼差し。
リトはそれが何を意味するのか理解すると、氷の壁から剥がれた破片で自分の左手首を切り裂いた。

──ザクッ

「っ!何やってんだよ、あいつ!」
「イリーガル少将!アールシャナ大佐は何を!?」

エド……いや、そこにいる大半の人間が彼女の行動に驚いた。いきなりの自傷行為に驚くなという方が無理だろう。
イリーガルの近くにいたアルが訊くと、イリーガルはうっとりとリトを見たまま言う。

「君達は何故、彼女の二つ名が『紅氷』か知っているかね?」
「『氷』は錬金術の系統……『紅』は瞳の色ですか?」

普通はそう思う。
エドも訝しげにイリーガルを見た。

「瞳の色か…まぁ、違うとも言い切れない。だが、それ以上に彼女から『紅』を連想させるものがあるのだよ」

そう言われ、注意深くリトを見るが服装もさっきの錬金術も『紅』を連想させるようなものはない。
あるとすれば、左手から流れる鮮血だが、何かしっくりこない。あれは、紅というより赤か緋と言ったほうが似合っている。

するといきなりリトが両手を合わせた。その行為は紛れもない罪人の証。

「っ!(あれは…あいつ、真理を…)」
「よく見ておくといい。彼女の氷は誰よりも美しい……」

そしてリトは血の滴る左手首に触れる。そこから起きる錬成反応。空気中の水分と傷口から流れ出る血液とが混ざり合い、凍っていく。

出来上がったのは血よりも紅い、氷の刀。

「嗚呼、素晴らしい!自らの血を混ぜて出来る氷の刃!それこそが彼女の二つ名、『紅氷』の由来だ。」

歓喜に震えるイリーガルなど目もくれず、リトは無表情のまま構えた。
刹那───……

「ぎゃあぁぁ一一ッ!」

そこにいたはずのリトの姿は消え、先程リトに向かって発砲した男が叫び声を上げて地に伏せた。男の服に滲み出る血液に他のテロリストたちにどよめきが走る。

「ヒィッ……う…うわぁー…あ゛!」
「おい!どうし……ぐわっ!」

逃げ出そうとする者。尚も銃を構えようとする者。
だが、次々に斬られてゆく。

「あ、あ足が……う、うう動かねぇ……!」

よく見ればテロリスト達の体の一部が凍っているではないか。一体いつの間に、と男が口にしたところで背後で声がした。

「全員……でしたので、一人でも逃げられては困ります。」
「……───っ──…」

瞬間、男の意識はそこで途絶えた。




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