紅の幻影 | ナノ


最後の約束 4  


───……数十分後。
リトは予め千尋が用意してくれていた新しい制服に着替え、黒と白の布でいつものコートを錬成する。

──パン バシィッ
慣れた手つきで出来上がっていく漆黒のコート。首もとがいつもより寒いがこればっかりは仕方ない。
最後のフリルも錬成し終わり、完成したコートを手に取って、すごいすごい、と美香がはしゃいでいると…

──コンコン ガチャッ
「理冬ー?着替え終わったかぁ?」
「隼斗、ドア開けるの早いって。着替えてたらどーすんだよ」
「もし着替え中だったドア開けた瞬間、顔面に枕投げつけてたわよ。ま、ちょうど今終わったから大丈夫だけどね!」
「あはは、そりゃよかった。オレ、まだ死にたないです、美香さん」

錬成反応の音が聞こえたのか、明、隼斗、千尋の三人が戻ってきた。

「理冬、もう起き上がって大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ明。みんなのおかげ」
「そっか……あんまり無理するなよ?」
「…うん、ありがと」

リトの頭を明は優しくポンポンと撫でる。それだけで不思議と少し体が楽になるから、明は魔法使いか何かではないかと疑ってしまうときがある。
そんな明の押す銀の台車の上には千尋の用意したお茶会セットが、そして隼斗の手には何故かスピーカーが…。

「……?」

首を傾げるリト。何か聴きたい曲でもあるのかな、と美香を見上げた。しかし、美香はニコニコするばかりで弟と同じようにリトの頭を撫でた。

「ねぇ、理冬。中学一年の時のこと覚えてる?」
「中学の?」
「そう、あたしたちが初めて会った日のことを…」

たまたま同じクラスになったリトと美香。そしてリトの声に興味を抱いた時から始まった美香の猛アタック。初めこそリトも煩わしく思っていたが関わるにつれ、天真爛漫天衣無縫と言う言葉がピッタリな美香の人柄を理解し、次第に惹かれていった。

「……あの時、私は理冬に恋をしたの」

その気持ちは数年経った今でも変わらない。
リト・アールシャナ……雪女としてのリトを知っても何も変わることはない。いや、寧ろリトに近づけたとさえ思う。互いの強さも弱さも知り、かけがえのない存在になった。
そして、これだけは言える。

「あたし達は血は繋がってないのかもしれない、そでもMarchは単なるクラスメートなんてレベルじゃない」

MarchはMarch。
それしか言い様がない、否、“March”の一言で全てが伝わる!

「大切なMarchの仲間だから無茶して怪我したら本気で怒る。悲しい事があったら一緒に泣く。親友を傷つける奴には鉄拳制裁!」

美香は顔の前でグッと拳を握った後、今度は優しく微笑んだ。

「あたしはMarchが何よりも大切なの」
「うん、私もだよ。みんなのことが大好き…」
「当然ですわ」
「ホンマやで」
「何を今さら…」
「あ、それホークアイ中尉のパクりよ明」
「……スルーしろよ…」
「………ぷッ」

「「あはははははっ!」」

いつまでも暗いテンションは私たちらしくない。こんな時こそMarchの十八番。
さぁ!笑いましょう、歌いましょう!

「あははっ……どうしよう、私…今すっごく歌いたい」
「そう言うと思った。ね、明?」
「ああ、持ってきといてよかったよ」

明は手元のスピーカーの再生ボタンを押した。

──…♪…──
 
大音量でスピーカーから流れてくる音楽は明るくアップテンポな曲調でいかにもMarchらしい。

「ではでは!ただいまより、Marchの秘密ライブ始まりまーす!」
「っしゃ、気合い入れんで!」
「観客はゼロだけどな」
「楽しめればそれでいいですわ」
「…私、舌噛まないようにしなきゃ」

──…♪…──

この曲はMarchみんながボーカル、MarchによるMarchのための歌だ。
中学最後の卒業ライブで一度だけ披露したことがあり、それ以来一度も歌っていない。ファンの間では密かな伝説の曲として語られている。


「──……タイトルは『March論』!」

──……♪……──

  うっとうしい 普通な毎日
  ありえない つまんない
  だからって別に 世界征服
  望んでない てか興味ない
  そんなことより刺激的
  Marchがいれば問題なし!

  「当然でしょ?」


  たこ焼き いか焼き お好み焼き
  通天閣に大阪城 それから吉本新喜劇
  これで大阪観光終わり?なんでやねん
  大阪来たら忘れたあかん
  天下無敵 Marchのライブや!

  「いっぺん来てみ、おもろいで!」


  M!A!R!C!H! March!
  もっともっと 歌わせて
  まだまだ足りない 弾き足りない
  この気持ち(ハート)だけは止められない
  ブレーキなんて壊れたよ だから

  March「スピードアップ!!」


  毎日毎日毎日毎日
  滅茶苦茶な姉に振り回されて
  昨日も今日も明日も明後日も
  あいつらほっとくと危なくて
  目も離せない
  いっそ紐でもつけときたい
  いつも怒られんのは 結局俺だし
  もう嫌だ あいつらといると
  ため息2倍 だけど笑顔は∞倍

  「あー!もう!」


  かけがえのない大切な居場所
  初めから上手くいったわけじゃない
  涙や喧嘩もありましたわね
  それでも本音に本気で応えてくれる
  ah.. 涙は笑顔に 笑顔はあなたに
  止まっている足を前へと一歩
  進めたその瞬間に 変わるもの

  「それが何かは秘密ですわ」


  M!A!R!C!H! March!
  だってだって 止まらない
  加速するリズム 音に変え
  大空見上げて君の元へ 届け
  So, you are not all alone!


  ずっと世界は冬だった
  音もない 色もない
  寒くて冷たい氷の世界

  march 君に出会ったあの日から
  color 世界は色に包まれた
  shine 笑顔あふれる君が好き
  March 世界中の何よりも…

  「愛してる!!」


  M!A!R!C!H! March!
  いつだって5人で1つ
  世界を飾る5色の光
  M!A!R!C!H! March!
  それは魔法の合言葉
  愛も夢も全部合わせて

  Are you ready ?
  
  全力で 限界まで Let's go!
  それが私(俺)たち March!


………♪……─…─────

はちゃめちゃなリズムに好き勝手な歌詞、自由奔放なところは正にMarchそのものだ。
歌えば自然と笑顔になる。誰が欠けても完成しないこの曲は自分たちが偶然にも出会い、共に生きた証。これからも一緒に歌いたい、ずっと演奏していたい。
重なる想いを感じながら、5人は静かに最後の音を歌いきった。


.


prev / next

[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -