紅の幻影 | ナノ


最後の約束 3  




…──、────…!

誰かが呼んでいる。

…─────………ッ
───……!

この声を自分はよく知っている。
これは…、

───……───…リト!

あの人の声だ。







「──…───…っ、ここは………?」

ゆっくりと目を開けたリト。
ぼんやりとした視界が徐々に鮮明さを取り戻す。
上半身を起こして周囲を見渡すと、考えるまでもなく、ここがどこだか直ぐに解った。
何度も来たことのある親友…千尋の家だ。

一般家庭に比べて豪華な鬼之嶺家の屋敷はアームストロング邸を思い出させる。
フカフカの天蓋付きベッドと暖かな部屋。壁には名画が当たり前のように飾られ、照明機器として平然とシャンデリアがとりつけられており、またそれらが部屋によく似合っていた。

床に敷かれているのは素人目でも高級だと理解できる絨毯……と、その上で寝そべる親友達。

「え…?美香…みんな……?」

揃いも揃って床で各々タオルケットを被り、爆睡するMarchの4人。この状況だけがリトは理解できない。
どうしたものかと困り、取り敢えず遠慮がちに名前を呼んでみれば、ピクリと美香の肩が動いた。

「ん……っ、」

まだ寝惚けているのかうっすらと目を開いた美香は、頬に絨毯の痕をつけたままボーッとリトを見つめ、パチパチと瞬きを繰り返す。その後ろでは明たちも目を覚ましたのか、起き上がり、美香同様に半寝ぼけ状態のままリトを見た。

「み、美香?えっと、おはよう…?」
「…理冬?……──ッ!」

……刹那、美香が目を見開いた。

「この……っ、バカーーーッ!!
「ヒッ…」

千尋の家に響く美香の怒鳴り声。担任教師と言い、エドと言い、今年になって怒鳴られてばかりな気がする。美香の怒号はその中でもダントツで強烈だった、思わず涙目になってしまうほど。いや、怒っているのは美香だけではない。

「お前、何で俺達を呼ばねぇんだよ!!何のための携帯だ!!」
「こんなボロボロなるまで戦って、アホちゃうか!危ない思ったら逃げたらええねん!!」
「今回は間に合ったから良かったものの…っ、理冬はもっと自分を大切にするべきですわ!!」

珍しく声を荒げて怒る明、隼斗、千尋の三人。自分は今までこんなにも親友たちを怒らせたことはあっただろうか。溢れんばかりの涙を溜めながら怒る親友たちの瞳からは、リトを強く想う気持ちが痛いほど伝わってきた。
そして…、

「……心配したんだから…」

いつもの強気で元気な表情ではなく、赤みを帯びた茶色い瞳に零れ落ちそうなほどの涙を浮かべながら美香は言う。

「呼んでも理冬は目を覚まさないし…このまま……このまま死んじゃうんじゃないかって……ッ」


血まみれの理冬を見つけた時、心臓が止まりそうだった。お願いです、理冬を死なせないで下さいって何度も神様に祈った。不安で不安で、目を閉じるのが怖くて、結局4人揃って気を失うまで起きてた。


「うっ……ぅあああぁ…っ、理冬のバカぁああ…ッ」
「美香……みんな…っ、ごめん、ごめんね……っ」

お互いの存在を確認するように抱き締め、March全員で子供のようにわんわん泣いた。

みんなの体の温かさが、理冬の体の冷たさが…
“生きてる”と実感する。

「理冬…っ、おかえり…」
「ただいま…」

そう言って5人はまた涙を流した。


ひとしきり泣いた後、全員が落ち着きを取り戻したところで美香達はこれまでの経緯を話した。

「放課後、あたし達は4人で買い物してたの」

今日は部活がない日だったので、新曲のCDを買いに行ったり、ファストフード店でお喋りしたり。そんないつも通りの日常だった。

「そしたら美香が気づいたんだよ…───」


──…ガタッ

「美香?どないしたんや?」
「……来る…」
「そんな怖い顔をして…一体何が来るんですの?」
「っ…戻るわよ!」
「戻るって、どこにだよ?!おい、美香!」
「学校よ!早く!!」


焦る美香の尋常ではない様子にただ事ではないと感じ取った明たちも深く聞く事はせず、数時間前に下校した学校へと戻ってきた。
そこで倒れているリトを発見したのだと言う。


「っ!いた……理冬!!」
「おいおい、マジかよ…!」
「なんやこれ…何があったんや、血だらけやんけ!理冬!しっかりするんや!!」
「酷い傷ですわ…早く手当てをしなくては!」
「理冬!嫌…死んじゃ嫌だよ、理冬!!」
「なんだよこの血の量…っ、くそっ、止まれ!」
「アカン、タオルじゃ間に合わん!ちょ、俺、保健室忍び込んで手当するもん持ってくるわ!ついでにこの時間やったら先生まだ職員室おるやろから呼んでくる!」
「私は医療スタッフに連絡しますわ!」
「っ、理冬!しっかりして、理冬!お願い…目を開けてよ……理冬まで死んじゃったら、あたし……嫌だよ…っ!」
「落ち着け、美香!…っ、死なせたくないなら手伝え……ッ姉ちゃん!」
「っ!……うん」


微かな呼吸で命を繋いでいる状態のリト。
居残りの先生は事情をよく知る担任の先生だったため車を出してもらい、千尋の家へと送ってもらった。

千尋の手配した医療チームが直ぐに処置にあたり、リトの傷の手当てをしたと言うのだが…

「えっ、でも私の体…」

ありえない体温と傷だらけの体。事情を知らない普通の医者ならば驚き、後に騒ぎになるやもしれない。
しかし、その点に関しては心配ないと千尋は言う。

「我が鬼之嶺家の優秀な医師ですから、信用できますわよ。体温のことも考慮しながら処置に当たったと申しておりましたわ」

主人の娘である千尋の頼みならば死んでも他言しないだろう。それに、千尋の実家…鬼之嶺家と言えば代々医学に携わる者の家系で、経営する病院は常に最先端の医療技術を備え、権威ある医師を何人も世に排出してきた。千尋自身もまた本家に生まれた自分に望まれている役割を正しく理解しており、将来は医の道に進むつもりである。

それよりも理冬はその無茶な戦い方をどうにかしなさい!と美香に怒られた。

「はは…美香は手厳しいね」

困ったように笑うリト。
そんな彼女を暫く見つめていた明だが、突然スッと立ち上がり、隼斗の腕を引っ張って立たせた。

「ほら行くぞ、隼斗」
「何やねん明、どないしたんや?トイレか?」
「バカ、トイレだったら1人で行くよ。…俺達がいたらいつまで経っても理冬は着替えらんねぇだろ」

言われてみれば確かに。
リトは千尋に借りた寝巻き姿だ。

「おう、せやな!俺ら向こうの部屋におるさかい、ゆっくり着替えたらええで」
「あら、でしたら私も…」

お茶でも用意してきますわ、と千尋まで出ていってしまった。
途端にシーンとする部屋、二人っきりになるのは前にプリクラを撮ったとき以来だ。

「あのね、美香…────」

リトは静かにゆっくりと話し始める。

「エドに昔の事、話したんだ…」

前に美香と交わした約束、それはエドを頼る事。
まだ完全に頼ったわけではないが、少なくとも以前よりは信用し、過去を話した。

「エドは受け止めてくれた、そして怒ってくれた」

それから一緒に泣いてくれたんだ、と。戸惑いながらも話すリトの言葉に美香は黙って耳を傾ける。

「でも私……エドを傷つけてしまった」

激情に駆られ、人を殺そうとした自分。エドが身を呈して止めてくれたが、結果としてエドの右腕を斬り落としてしまった。

「リゼンブールで自分の中にある嫌な気持ちにも気づいた……」

エドと仲睦まじく話すウィンリィと自分にはない暖かな家庭に抱いた劣等感は酷く不快な感情だった。こんな気持ちを抱いたのは生まれて初めてだった、とリトは困ったように言う。

「それにね…」

下を向き、唇を噛み締めるリト。

「…私……、ニーナを守れなった…」
「……っ!」

“ニーナ”
その一言で何があったのかを美香は瞬時に理解した。
決められた運命だった、仕方ないことだったんだよ、と割りきるには重すぎる。
リトはポロポロと涙を流した。

「私……が、ちゃんとしてれば…」

悲しいよ。どうして?大嫌いなハガレン世界のはずなのに。
両手で顔を覆うリト。その震える小さな肩を美香はギュッと抱き締めた。

「綺麗…、理冬の涙はとっても綺麗よ」
「美香…?」
「私はやっぱり理冬が大好き」


だからお願い、泣かないで。
もう1人で苦しまないで。


「私も美香が大好きだよ」


あなたを守るためなら私は何だってする。
あなたがいるから私は笑えるんだ。


二人とも涙で濡れた瞳のまま、へにゃりと笑いあった。



prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -