↑参加中!↑
一章 内乱と幕開け
第二話 瑠璃色の花輪
「次期国王には、第二継承者、キース=シザールを指名する」
ここはシザール。ロザリオ山脈西域に位置する大国。広大な領土に展開する河川を、物資を積んだ船が絶え間なく往行する。それは遠く離れた都市間を連結し、活気を生み出していた。
ところで、この国には数年前まで二人の跡継がいた。物腰が柔らかく人望厚き兄カイザ、無愛想だが心根は優しい弟キース。どちらも文武共に秀で甲乙つけがたかった。ゆえに昔は、兄が跡継なのだろうと誰しもが思っていたものだ。
しかし現実とは奇なるもの。弟の目覚ましい活躍が父王の目に止まり、彼が王位継承者に指名されたのだった。
「で、キース。ちょっと話があるんだけど」
「何だ、カイザ――待て、またネモフィラの花がどうだとか言うなら付き合わんぞ」
「ちがうって。今日は真面目な話。……ここじゃ難だから別室で話すよ。キースの部屋行こう」
不思議なことに、兄弟間には何の不和もなかった。キースが手柄を立て、評価がうなぎ上りになる。それにより次期国王に指名され、カイザは不平一つ言わず結果を受け入れた。それだけだ。
しかし、カイザを立てる勢力が不満を持たぬはずはない。そのためキースは、短い人生の内に幾度となく暗殺を図られていたが、直接――つまり兄弟の間には、憎しみや激情といった類は一切存在しなかった。いや、そろどころかむしろ、兄と弟は共に喜びを分かち合ったほどだったのだ。
「俺の部屋にはリオンがいる。別の部屋で話そう」
「じゃあ天気良いしテラスに行こっか。僕がリオンちゃんに近付くと、キースったら怒るしね〜」
「な……っ」
「ま、それだけ愛が深いってことだろうけど」
キースは柄にもなく頬を赤らめた。数年前、彼は愛妃リオンを娶った。リオンはアイリス国王の末娘で、事実上政略結婚である。酷く純真な姫君は国民に歓迎されたが、実のところ、キースが王位継承にこだわったのは全て彼女の為だったと言う。
しかし第一継承者が健在の状況下において、第二継承者が王位を継ぐのは至難の技。それをやり遂げたのだから背後に並尋常でない努力があったに違いない。
そして兄はその姿を真横で見ていたからこそ、すんなりと帝位を譲ったのだった。
カイザは弟をテラスへ連れ込み優雅に腰掛けた。ネモフィラの花輪が風にそよぐ。リオンが作ったのだろうか、瑠璃色が快晴に溶け込んでいた。
「で、話ってなんだ」
「うん、それなんだけど。少しの間旅に出ようと思ってさ」
「……は?」
案の定、キースは目を剥いた。「空」色の瞳。そこににこやかなカイザが映った。それは子供が何かをねだる様によく似ている。が、ただ質が悪いのは、カイザの場合は相手が了承さぜる得ないことをあらかじめ知ってることだ。
キースは眉を寄せ、
「理解に苦しむ。何故いきなり旅なんだ」
と不満そうに問い掛けた。するとこともなげに理由を告げる柔和な兄。
「だって、見聞を広めるには旅が一番だろ? 最近はキースとリオンちゃんも上手くいってるみたいだし、僕が留守にしても大丈夫そうだなぁって」
「しかし、一人でか? 危険だ。誰か共に――」
「あー大丈夫大丈夫! 僕の顔はほとんど知られてないし、こう見えても腕は立つこと知ってるだろ。じゃ、出発は明後日だから」
弟は存外心配性のようだ。カイザはひらひらと手を振り、逃げるように背を向けた。
そして部屋を出る間際、先程の花輪を捕らえる。青いネモフィラを一輪。優美な仕草で抜き取り、鼻孔へ近付けた。
その丸みを帯びた花は今朝の会話を呼び覚ます。レダン王国のことだ。シザールと同等、またはそれ以上の軍事力を誇る大国である。
だが十三年以上続く内乱で、相当財政がひっぱくしているそうだ。四年前には女帝の独裁が開始され、かつて内乱を指導していた右派は徹底的に弾圧されたと聞く。それは言い換えれば、レダン傭兵制を支える軍事的主力を自ら潰しているも同然。同様に王家直軍も疲弊している今、他国に攻め入られるのも時間の問題だ――。
そう、大臣が噂をしていた。
「レダン王国……かぁ」
レダン王国はネモフィラの有名産地。と同時に原産地であり、原生のものは非常に美しいと評されていた。シザールにあるのも、レダンから輸入したものだ。
カイザは昔からこれが好きだったため、第二の故郷が消滅してしまったような、一種の錯覚に陥った。レダンに攻め入るのはシザールか、はたまた別の国か。人間の欲はとどまることを知らない。二国はいずれ、何かしら関係をもつだろうと彼は強く直感していた。
残った花輪を壁に飾り、カイザは静かに身を翻す。
――同刻。
追い掛けて来たキースの隣りで、ボタリと花輪が落ちた。
続く
お気に召しましたら1ポチお願いします。執筆の糧になります!
[*前]
[次#]
[HOME≪]
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -