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「でも、どうして剣が溶けなかったんだろう」
「……水晶に保護されているから」
独り言だったが、すかさず返事が返ってきた。
どういうことかと首を傾げる。すると少年は難しそうな表情を浮かべた。
「レダンには……魔力を秘めた水晶があるんです。その欠片を持っていると、不思議な力を使えるようになります」
レダン国特有の文化、魔科学〈ヘカテ〉も水晶を利用している。
しかし技術が向上するにつれ、人々は多方面へ応用し始めるようになった。御者の力も、その一環で産まれたのだろうとシェオールは語る。
言われてみれば、カイザは水晶云々の話は耳にしたことがあった。昔レダンのスパイを捕らえた時だ。
決して楽しいとは言えない記憶を掘り起こし、そこから一つの結論に辿り着いた。
「じゃ、外国人労働者の話って、御者さん自身のことでもあったんだ」
「……恐らくは」
他国の人間は、クァージの国王のためにギルドで働く。クァージの人間は、レダン国のために働く。
他国に迷惑を掛けるか掛けないかの違いはあれど、どちらも同じことだ。
戦争で失ったものを、他国で稼いだもので賄うとはなんと皮肉なことか。
カイザは今の時代を憂いた。
本来ならば、あの御者も国王へ忠誠を誓ってしかるべきだ。なのに、より利益のあるレダンへ身を売ったのだ。
言い知れぬ寂漠の念が彼を襲った。
「……水晶には水晶で対抗するのが基本です。御者のように水晶から力を得ている人間を倒したいなら、まず水晶を壊すことです」
目には目を、と言ったところか。海を隔てた大陸に、似た格言を記した法典があったはずだ。
するとシェオールは、ただし例外もあります、と眉を寄せた。
「例外って、例えば?」
「……王族の一部とか」
明らかに今、鼻で笑った。王族の一部とやらがよほど嫌いなのか。
カイザは、これ以上機嫌が悪くなられては困ると判断し、再び話題を逸すことにした。
「あーっと……そうそう、待ち合わせしていたお友達には会えたのかい」
少年が相乗りを要望した理由は、湖で待っている友人――もといギルドの相棒と落合うこと。
その後賊討伐の仕事をすると聞いた。しかし、カイザ達以外に人影は見当たらない。さざめく波間に、鳥類の鳴き声が響いているのみだ。 するとシェオールは、「否」とだけ答えて首を振った。
「え? いなかったの?」
「待ちくたびれたんだろうと」
つまりは、帰ったと言うこと。
カイザは開いた口が塞がらなかった。御者との戦いを乗り越え辿り着いたのに、帰ってしまったとは。友人としてどうなのか。諦めたような乾いた笑いが返ってくる。
シェオールもなかなか上等な性格と認識していたが、相棒は更に上を行くらしい。
この話題こそ地雷だった、とカイザは頭を抱えた。
「……『彼ら』の話によると、賊討伐も終えてしまったようです」
「彼ら?」
少年はカイザの疑問を無視し、そこだけは感謝しますと肩を竦めた。
ディスと言うのは相棒の名だ。広くは「金の梟」の呼称で親しまれている。
だが彼が有名なのは、知識が豊富だからではない。文人部隊所属にも関わらず、戦闘部隊よりも強いからだ。
ゆえに、一人の文人に二人戦闘部隊が必要なところを、シェオール一人で間に合わせることが可能なのだ。
「そっか。なら、もうすることないんだね」
「いえ……もう一つ大切な任務が」
「まだあるのかい」
カイザが驚くと、賊討伐はオマケみたいなものだと流された。
では相棒は、大切な任務を放り出して帰ってしまったのか。
しかしシェオールは、構わないのだと被りを振った。この仕事は少年の能力がなければ出来ない。逆に言えば、彼さえいれば可能なのだ。
カイザが能力とはなんだと考えを巡らせていると、少年は空を見上げた。
「……おいで」
恐らく、そう言ったのだと思う。
各国を繋ぐ共通語はシザール語だ。しかし正規の発音とは異なっており、必ずしもそう言ったとは断言出来なかった。
レダン鈍りとも違う。正直なところ、カイザの判断も単なる勘に過ぎなかった。
華奢な腕が差し出される。
先程まで口煩く騒いでいた小鳥達の声が、僅かに静まったようにも思えた。
少年は、黙って立ち続ける。――不意に梢が揺れた。
数羽の小鳥が彼の許へ舞い降り、一斉に存在を主張し始めた。
すると少年は彼らの頭を優しく撫で、口先を細めて小さな囀りを返した。
「シェオール君、何して……?」
カイザは小鳥と戯れる少年を凝視した。
少年とは僅かな間の付き合いだったが、この数日間からは想像もつかぬほど至極優しい笑みだった。
そしてその瞬間、カイザははたと気が付いた。
「さっき言ってた『彼ら』って……まさか鳥のことかい?」
驚愕し通しの彼に、肯定の笑みが向けられた。
「鳥の言葉がわかるんだ」
「……ええ」
お喋り好きな小鳥達に相槌を打つシェオール。
可愛らしい小鳥と向き合っているせいだろうか。顔〈かんばせ〉を飾る笑みは華やかに辺りを彩る。
それを見て、彼も普通に笑えるのだとカイザは少しばかり安心した。
だが、輝く笑顔は彼を幾分幼くさせるらしい。そのせいなのか。一瞬、金髪の少女と面影が重なった。
カイザが慌てて目を擦っていると、シェオールが小鳥を解放した。
「……道が分かりました。行きましょうか」
「行くってどこに?」
唐突に言われても、とカイザは渋る。行き先を知らされていないのだから仕方ない。
シェオールの様子から、湖より離れるのだと察するが、カイザは元より湖に来たくてここにいるのだ。
この場を離れ、湖名物を見逃すような事態は是非とも遠慮したかった。
「僕は見たいものがあるから、ここで君の帰りを待ってるよ」
足早に遠ざかる背に声を掛ける。すると先を歩いていたシェオールが、くるりと踵を返した。
そこに先程の優しい笑みはどこにもない。
彼は一旦立ち止まり、常の鉄仮面で首を傾げた。
「……けれど、不死鳥に会いたいからここに来たんじゃないんですか?」
会いたくないなら別に良いですけど。シェオールはそう一言残して身を翻した。
その何気なく放たれた台詞に、カイザの胸が高まった。
不死鳥、フォイエクス、クァージ国の聖鳥――呼び名は様々だが、ラシーヌ湖を有名にしている最大の要因である。
これこそが、大陸中の人間が危険を侵してまで巨大湖を訪れる究極の目的だった。
待望の不死鳥へ会えるかもしれないと聞かされ、カイザは勢いよく立ち上がった。鼓動が早い。翡翠の瞳は期待に満ちていた。
燃えるような紅色をした不死鳥。運良く、今年は容姿が変わる変遷期だ。
旅に出ようと決意したのも、大部分はそれを見たいがためでもあった。
「不死鳥!? 勿論! 行くよ!」
シェオールが何をするのか見当も付かないが、付き合う価値はあろう。
運んでくれたお礼もしたいところだと胸を弾ませ、カイザは鳥語を解す用心棒を全速力で追い掛けていった。
続く
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