ネモフィラ外伝 星影十夜
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「被告人カストルに、無期限の拘禁を言い渡す」
あれから二か月。シザール中を騒がせたカストルの裁判は、キースの判決により漸く終結した。
国内の要職に付いていた人間がレダンのスパイであったことは、民衆の間にも王宮にも精神的な衝撃を与えた。したがってシザール国王は重大な事件と判断、つい先日レダンとの和平協議に乗り出した。
しかし相手国の女帝は知らぬ存ぜぬを突き通している。条約締結には未だ光明が見えていなかった。
「へっくしょん! ……寒いなぁ」
カイザはいつもの如く城下街を彷徨っていた。
リリスは今何処にいるのだろう。時々、ふと考える。だがあの語り部のことだ、元気にやっているだろう。なにしろ軽く鉄の扉を蹴飛ばしてしまう女性なのだ。捕らえられた際、大暴れして兵士数名に重症を負わせたと聞くし、心配の必要はないだろう。
カイザは鉢植えを抱えながら帰路に着いた。
近頃妙にネモフィラの成長が著しい。手入れが良いせいもあるが、元々生命力が強い種なのだろう。流石リリスの種だと、彼は一人微笑んだ。
「やっぱりネモフィラはレダン国のが一番だよね〜」
思い返すと、彼女の周りにはいつもネモフィラが咲き乱れていた。それが常々不思議だったのだが、事件の後意外な事実を知ることになった。
あの語り部は、レダンから持参した種で自ら育てていたのだ。詫びのつもりだろうか。お礼を書き綴った手紙とその種をカイザへ渡して欲しいとパン屋へ託し、以来広場から姿を消した。
「あのくらい優秀な部下がいたら、僕も楽なんだけどなー」
キースが調べた情報によるとオラクル姫の護衛兼侍女。忠誠心が強いことで有名だったらしい。
「うっわあ、真っ白」
シザール王宮は見渡す限り白亜に染まっていた。一点の曇りもない純白はカストルの水晶を彷彿させる。
カイザは雪を踏み締め、壮麗な入口を見上げた。それからふと思い立って漆塗りの櫛を取り出す。語り部から受け取った手紙にはこの櫛をカイザへ預けると記されてあった。
というのも、これは元々オラクル姫のものだ。しかしその姫からリリスが直々に頂いたのだ。だからきっと、リリスが信頼する人間に託したとしても、お怒りにはならないだろう云々と綴られていた。
語り部がそこまで傾倒するオラクル姫とはどんな人物なのだろうか。カイザはレダン国から亡命した双子の王族に強い興味を抱いた。
と、その刹那、背後から鈴を転がしたような笑い声が聞こえて来た。
「あら、嬉しいわ。その櫛、ちゃんと持っていてくれてるのね」
「……え?」
カイザは思わず歩みを止めてしまった。
振り返った先には、大小様々な剣を帯剣した女性。くせっ毛に、黒と橙色の瞳。その自信に満ち溢れた笑顔は、かつて語り部を名乗っていたリリスのものと相違なかった。
「語り部さん、どうして君がここに……!」
声を大にして叫ぶ。すると、数ヶ月ぶりに出会った友人は申し訳なさそうに頬を掻いた。
「えーと……お久し振りね。その、貴方にちゃんとお礼言ってなかったから」
「え、わざわざ……?」
あのリリスが、礼を言うためだけに帰って来るとは思いがたい。失礼と思いつつカイザはその旨を伝えると、彼女は飄々とした態度で
「全く……腹立たしいくらい私の性格をお分かりのようね。そうよ、貴方のところに来たのは用事のつ、い、で」
国で雇って貰えないかと思って売り込みに来たの、と陽気に語った。しかしカイザは、いまいち理解し難かった。するとリリスは、二か月間姫を探してみたが、数年たった今では手掛かりが皆無なこと、更にこの冬場では自分が生き延びるので精一杯であることを囁くように語った。
「カストルのこともあったしね。貴方やキース国王の近くにいたほうが手掛かりを得られやすいと思って」
リリスは夕闇の瞳を三日月状に細めた。それは自らの主人が絶対に生きていると確信しての言葉だった。
王子はしばし黙る。真剣な顔つきだが、鉢植えを抱えたままでは些か滑稽でもあった。しかしカイザは至って真面目な瞳で相手を見つめ、それから不意に悪戯っぽく微笑みを浮かべたのだった。
「語り部さん、とても運が良いね。僕は今、腕の良い側近が欲しいと思ってたところなんだ」
「は……?」
一国の王子らしからぬ提案だった。しかし、カイザらしいと言えばカイザらしい思考である。遠回しな勧誘に、リリスは呆気に取られた。王宮で働きたいと言ったものの、まさか王子の側近に抜擢されるとは予期していなかったのだ。彼女は裏に隠された言葉を探ろうと不審そうな視線を投げ掛ける。
「何企んでいるのかしら?」
「企むって……人聞きわるいなぁ。雇ってあげようっ言ってるのに」
「事がすんなり行くときって、大抵良いことないのよね」
「もう。疑心暗鬼になるのはわかるけど、僕のことは信用してよ」
君の噂はかねがね聞いているんだよ、と肩を竦めた。それを聞いて、リリスはようやく表情を和らげた。皮肉ったように口角が上げられ、穏やかな笑みへ変わったかと思うとついに快諾した。
「そこまで言うなら良いわよ? 側近にでもなんでもなってあげる。貴方には大きな借りがあるしね」
「あはは、本当かい? 駄目もとで言ったのに嬉しいよ」
「なぁにが駄目もとよ。了承するって解ってたくせに。……ただし、貴方がオラクル様と敵対した時は、真っ先にお命を頂戴するわよ?」
「重々承知さ」
意外と良い度胸してるわねーと白い歯を見せて笑った。
リリスは一番大きな剣を引き抜く。そして白銀に深く突き立てると、レダン式の誓いを結び始めた。
「我、リリス=ペディウォールは誓う。全ての忠誠を、オラクル姫に。全ての友情を、カイザ王子に」
厳かに、神聖に。それから彼女は、王子の優美な指先へ口付けを一つ落とした。
――この日以来。この語り部の名は、王子の腹心としてシザール全土に知れ渡ったと言う。
外伝「来し方の姫君」了.
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