早朝、広い訓練室に整列させられた訓練生達は青白い顔を引き締めていた。
「諸君、昨日は不測の事態に見舞われて災難だった。誰一人欠けずにこの場に立っていること、嬉しく思う」
恰幅の良い教官が満足気に頷いている。
昨日あんな事があったため、訓練生達はとにかく身体を休めるようにという指示の元、今朝集まるまで休暇を言い渡されていたのだ。
間近で初めて見た敵、そして刻まれた死の予感は生徒達に決して安眠という安らぎを与えることは無かった。
大半が眠れず血の気の引いた顔で立っている中、一人だけけろりとした表情で整列している者がいた。
今期きっての天才児、ツバサ・タテワキ。
教官はツバサをちらりと見ながら、ゴホンと咳ばらいをした。昨日ツバサが起こした問題については、教官二人で頭を抱えるばかりである。確かに今まではどこか掴みどころのない生徒であったが、それでも突飛なことをするような質ではなかった。というよりも何をしてもそつなくこなすが、そこに彼の積極性が見えたこともなく、何を考えているのかも分からないくらい自分というものが感じられなかったという方が正確だろう。周りに馴染むという努力も垣間見えず集団行動というもの自体を理解しているかも怪しい。他人への興味という感情が全く感じられなかった、孤高の天才児。
それがどうだろうか、昨日エイノ・ブレーデフェルトと相対した彼は今までに見たことのない様々な表情を見せていた。彼はこんな顔で笑うのか、と説教をしながら驚いてしまったぐらいだ。
やはり天才同士、何か惹かれ合うものがあったとでも言うのだろうか。
もし仮にツバサがエイノに興味を持っており、バディになりたいというのならば、かつてない最強のバディが誕生するに違いない。
しかし教官はそこまで考えて、天才児達の行く末の困難さを悟った。
エイノ・ブレーデフェルトは軍部内では少々特殊な立ち位置にいる。どちらかと言えば腫れ物を扱うように、そして時には爆弾にも等しい人物だった。もしツバサがエイノと並びたいと思う日が来たとして、彼らはその困難を乗り越えられることが出来るのだろうか。
いや、まだ卒業試験すら終わっていないのに気が早いか、と教官は内心苦笑した。
まずはここを乗り越えない限りパイロットにすらなれないのだ。
「さて、改めて諸君らに今回の卒業試験の内容を説明する。一回しか言わないので良く聞くように」
教官はバインダー片手にその良く通る声で説明した。
「まず今日を含め七日間が卒業試験の期間だ。一日七人ずつ、朝礼でランダムに呼ばれた者が実機試験となる。実機試験を受けたものは次の日が筆記試験となる。六日目に七日目の分も含めて発表されるが、七日目の者は六日目に筆記試験を受ける。全員いつ選ばれても良いように体調管理を整え、勉学に励むように。実機試験は護衛戦、殲滅戦、奇襲戦を想定して行う。バディ相手は現役のパイロットが務めるため、心して臨むように。なお、試験日以外の日程はこの北統括内の食堂、訓練室、シミュレーター室が自由に使ってよいことになっている。それ以外の場所は不用意に入らないよう注意すること。もし卒業前に問題を起こせばその時点で即時強制帰還させるのでそのつもりでいるように」
訓練生達は揃って返事をする。ここからが彼らのスタートだった。
本日の受験者がそのまま読み上げられ、上ずった声の返事が終わり、訓練生達は解散となる。
名前を呼ばれなかったツバサは人の流れに沿って訓練室を出た。自分が試験を受けないのであればここにいる意味もない。特に勉強することもなければ、今さら体調管理を怠るようなこともない。一人だけぐっすり寝ているのだ、ここにいる誰よりも体調は万全だった。ツバサにとって卒業試験など障害でもなんでもない。
廊下に出て散り散りになる訓練生達を尻目に、にぃ、と口をつり上げた。先ほどの退屈そうな顔は何だったのかと言うぐらい正反対の表情だった。
「エイノ・ブレーデフェルト」
そう、ここにはそんなことよりももっと大事なことがあるのだ。
卒業試験の準備なんてそっちのけで、浮き立つ心のままに足を進めた。昨日は教官二人に引き剥がされてしまいまともに話ができなかったのだ。まだまだ彼を知るには足りなかった。
この時間ならどこにいるだろうか。
すん、と息を吸い目を閉じる。訓練生達の声、足音、壁の中を走る導管を空気が這う音。環境音を背後に、ツバサはなんとなくむず痒く感じる方へ身体を向けた。
「こういう時は勘が一番ってね」
いるといいなあ、と呟きながらツバサは先ほどの教官の注意などなんのその、北統括基地の中を歩き始めた。



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