BAD APPLE2






生徒会室のドア手をかける。

力を入れようとした瞬間に聞こえてきたのは高い声。


この学校から聞こえるはずのない声。
女の先生と私以外にいるはずのない、女の人の声。



聞き覚えの無い声だったら、あぁ、会長が彼女連れ込んでるんだな、で済ませられたのに。




嘘だよね。




「ねぇ、大和、まだ?」

「……まだ」



あやめさんが、会長の好きな人だなんて。

彼女、だなんて。


……だって、あやめさんは基の彼女なんだよ?




ドアノブから手を離した。



私は足が動かなくて、その場でつっ立ったまま。






淡々とこなされる会話が耳を流れていく。


「……お礼参りだかなんだか知らないが、俺まで巻き込まないでくれ」



会長の1つの言葉に耳が反応する。

お礼参り……?



「俺は暴力なんて嫌いなんだがな」


嫌いだとか言ってる割には、強かった気がする。


「手は出さなかったんでしょ?基が言ってたわよ」




基。

名前が出てきた……会長は基とも知り合いなの?
というか、それって……蓮との、喧嘩だよね?

……基も、いたの?


「……」

「どういうつもり?」

「手を出したら俺も停学だろ?生徒会長が停学だなんて、勘弁願いたい」



嘲るような声。




そっか、全部。


会長が離れてったのも蓮が停学になったのも未来くんが走り回ってるのも。

全部全部全部。


あやめさんと基のせい。



全部、この先にいる女のせいだ。





理性なんて働かなかった。

ただ、勢いよくドアを開ける。



2つの驚いたような視線が私の方へと向いた。





「……桃瀬」


落ち着いた口調で、私の苗字を呼ぶ。




『……してよ』


ゆっくりと、呟く。
2人の耳には届かなかった。


『返してよ』


返して返して返して。

取らないでよ。
私の、取らないで。



『なんであやめさんは私から取ろうとするの?』



人は物じゃないのに。
わかってるのに。

止まらない。



「取るもなにも……あなたには最初から何もないじゃない?」

『……』

「最初から、基も大和も、妃代ちゃんのものじゃない」



知ってるよ、そんなこと知ってる。



だけど、だけど……!




思わずあやめさんに掴みかかる。

驚いた様子なんて見せない、彼女は馬鹿にするように笑っている。



会長が「おい!」と声を上げて制止するように間に割ってはいろうとした。


私は勢いで、口を開く。

だめだよ、これは言っちゃダメ。






『あやめさんなんて、いなくなっちゃえばいいのに……消えちゃえばいいのに!』





湧き上がる感情は止められるはずもなく、音となって響く。


すぐさま、響いたパシンという乾いた音と、頬に伝わる痛み。




真面目な顔の、会長。

私から見ると、嫌悪に満ち溢れているような表情に見えた。




「妃代」


久々に呼んでもらった下の名前。
静かな空間に響いた声は、妙に落ち着きがなくて恐怖を覚える。







『……ぶった』


ぼそり、と聞こえるように呟いた。
痛い、会長が、叩いた。


「……冗談でもそういうこと言うんじゃない」



子供を叱るような厳しい口調。

今の私に対して正しいような対応な気がした。


へぇ、あぁそう。
私じゃなくてあやめさんを庇うんだ。

会長も、あやめさんの味方なんだ。



自分が悪いってわかってるのに、心の大部分がそんな醜い想いで満たされる。



ほら、やっぱりみんな私を突き放すんじゃん。
あやめさん優先なんじゃん。
蓮も未来くんもきっとそうなるんじゃん。


どんどんと暗い方へと考えは進んでいく。


もう知らない、もういい。

出口のドアへと向かって走り出す。



この場から、消えてしまいたい。



ドアは開いているから、すぐ出られるんだって思った。

ドンと誰かとぶつかって、出たいという願望が一気に吹き飛ばされてしまった。



 

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