天音ちゃんはそう言ってタオルを差し出してくれた。私は甘んじてタオルを借り、顔を拭いた。
「梓ちゃん、泣きそうな顔してる」
天音ちゃんのその言葉に視界が歪んでしまいそうな気がした。
「何かあった? 天音で良ければ話聞くよ?」
いつもの無邪気な笑顔ではなく、優しい笑みを浮かべた天音ちゃんは水飲み場のすぐ横でしゃがみこんで私を見た。
私は天音ちゃんの横に移動して、彼女と同じようにしゃがむ。
何て言えばいいんだろう。
「私は、間違ってるのかな」
脈絡のない言葉。
天音ちゃんはただ黙って、私を見ていた。
「好きな人……が、色々事情があって、踏み込んでいいかどうかわからないんだ」
初めての好きな人関係の相談が、こんなものになるだなんて想像していなかった。
踏み込んじゃ駄目なのだと、佐々木先輩は言う。忘れろと、相川先輩は言う。けど私は忘れられなくて、忘れるなんてことできるはずなくて。
もっと近付きたいんだって、思えた。
天音ちゃんは私を見た。
真ん丸の綺麗な目を、真っ直ぐと真剣に私に向けていた。
「踏み込むのが怖いの?」
怖い。
そうなのか、私は……恐れているのだろうか?
何を? 近付いて、更に拒絶されることを?
黙った私に、天音ちゃんは優しく笑う。
「踏み込むのは怖いかもしれない……けどね? 踏み込んで、その人の傷に触れることで、初めてわかることもあるんだよ」
真面目な雰囲気が苦手らしい彼女は「まぁこれパパとママの受け売りなんだけど」と笑う。
傷に、触れる。
相川先輩は、私に傷に触れることを許してはくれないだろう。
もし許されるなら、触れてみたいとは思う。
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