刹那は真穂に別れを告げて車いすを動かす。


家へと、戻るか。

「刹那さん、おかえりなさい!」


家に入るとエリカが笑顔で刹那を出迎えた。


「ただいま」


小さく笑顔を作った刹那。

家の中にはエリカとその夫、恵二がいた。
そういえば今日は全員休みだったか。


「……春樹は?」

「今は出掛けてますよ」

「そうか」


少しだけ、安心して。
刹那は自分の部屋へと向かった。

静かな部屋で、どこを見ているかもわからないような刹那はぐちゃぐちゃに考えていく。



珠希は、おそらくあの珠希で間違いないのだろう。

フルネームは槇田珠希というらしい。

槇田。
槇田春樹。
春樹と同じ名字だ。


春樹は「槇田」の人間誰かを、探していたようだった、昔の話だけれど。

その探していた人間は、珠希なのだろうか?
それとも別の人間か。

偶然なのか。


珠希は自分と同じくらいの年齢だったはずだ。

だとすると、姉?
あとはいとことかだろうか。



「刹那?」


はっと意識を戻すと、目の前に春樹がいた。

突然のことに驚いて、わけのわからない車いす操作をした刹那は、ドリフトして後ろへと倒れた。


「うおい!?大丈夫か!?」


春樹は少し笑いながらも心配したような声をかける。



「……帰ってきてたのか」
「ちょうど今。エリカちゃんが、刹那が俺のこと探してたっつってたから。何かあった?」


「誰もお前なんか探してない」

「……俺、エリカちゃんに嘘つかれた!?」


ふざけた調子で春樹は泣き真似をする。
刹那はそれを見ても笑えない。

春樹は刹那の様子を見て首を傾けた。


「お前どうしたの」


手を引いて起きあがらせようと春樹は試みた。
刹那はそれを拒む。

床で寝たいのか、なんて春樹は刹那を変な目で見た。



「春樹お前、姉とかいたか?」

「……うん、いるみたいだね。俺もよく覚えてないけど」


最近親に会いに行くとか言っていたからな、聞いてきたのだろう。


最低な偶然だ。
必然的な出会いだったのかもしれない。

珠希の、復讐をされるための。



「何でそんな風に聞くの?」

「春樹、そこの棚に入ってるもん取って」
「は?何入ってんの」
「コンバットナイフ」

「はぁ何々!?俺殺されんの!?姉いるから!?」


何で!と、理不尽だ!と。
春樹は慌てたように叫ぶ。

刹那は呆れたように春樹を見た。
どうしてそうなる。


「春樹」

──俺を、殺してほしい。



刹那の言葉に、春樹は、は?と声を漏らす。


「……お前、そういうの冗談でも笑えねぇよクソジジィ」




「お前の姉を殺したのは俺なんだよ」


春樹は目を見開いてから、口を閉じる。

視線を棚の方へ持って行って、ゆっくりと歩き出した。



「……親に聞いたら、姉は奴隷商人に売ったって。金に困って売っちまったって……泣きながら言ってた」

棚には使い古したコンバットナイフが、役目を終えて静かに置かれている。


「でもそれに後悔してさぁ、俺だけは絶対に幸せにするんだって、大切に育てられたらしいのさ。
だから戦争に参加するっつったときも、親に大反対されたんだよね」


春樹はコンバットナイフを手に取る。
ケースから出したそれは少し錆びていた。


「刹那が俺の姉を殺したっていう根拠は?」
「……今日、偶然名字を知った。槇田珠希、だろう?」


それを聞いた春樹は、刹那へとナイフを振り上げた。




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