俺はどうやら。
「なぁ、いいもん教えてやるよ」
安土桃代に気に入られたらしかった。
「……いいもん?」
1人でいる時にこしょっと話しかけられる。
彼女は段々悪くなる顔色で、笑顔を作っていた。
今にも死にそうですと言わんばかりの顔色で笑うもんだから、気持ち悪いとすら春樹は思えた。
無理して作ってるわけでもない笑顔なんだから、なんだか奇妙だ。
いいもんなんて察しはついている。
──ソレイユ。
「気分も良くなれるし、何より強くなれるんだ」
そらきた。
春樹は内心呆れつつも話を聞く。
「薬っしょ。どっから手に入れてるんです?その薬」
「なんだ知ってるのか?」
「いやぁ、興味はあるんですけど売人さんに会えないんですよねぇ」
嘘っぱち。
春樹は名案を思いついたと内心ほくそ笑んだ。
クソ売人を見つけてしょっぴいてやればいい。
そうすれば薬のせいで死ぬ奴は出ないし、むつきちの自責もなくなるはずだ!
……まぁ腕には自信ないから、刹那でも連れていこうか。
そろそろあいつも大丈夫だろ。
いやでも、興味ないってついてこないだろうな。
こっそり桃代から春樹へと渡ったのは白い紙。
何やら電話番号が記載されている。
「ここに電話したら買える」
「まじっすか、ありがとうございます」
笑顔を作り返す。
紙に書かれた携帯電話の番号をゆっくりと眺めた。
──それはあまりにも突然で、
ついていけない、情景だ。
彼女は青い顔を更に青くして、首を苦しそうに押さえつけていた。
「う、あぁ……うわあああ!」
大声を上げたもんだから、周りの人間が桃代に視線を向ける。
虫が、虫が。
桃代は怯えたような様子だった。
春樹は何もできずに立ち尽くす。
周りの人間が「軍医を呼べ!」なんて騒ぎ出していた。
彼女は最後に吐血して倒れた。
人は死ぬときはこんなにも、あっけない。
睦月が到着する頃には、とうに彼女は息絶えていた。
すぐ死ぬ、ってむつきちは言ってた。
その通りだった。
春樹は桃代に目を向けようともせずに、ゆっくりと歩き出す。
手の中にある紙を、強く潰した。
「……槇田?」
睦月の声も聞こえていないかのように通り過ぎる。
肩を掴まれて春樹はようやく睦月の顔を見た。
「どこへ行くつもりだ」
「部屋に、戻るよ」
「……本当にか?」
「うん、本当に」
何言ってんの、何言ってんのむつきち。
他にどこに行くっていうのさ。
春樹は呆れたように、弱々しく笑った。
「お前は、おかしい」
「みんな酷いよね、俺のこと、おかしいっていう」
「お前、この世界向いてないよ」
睦月は静かに春樹に告げる。
向いてないって、どういう意味さ。
技術的な意味ではわかってる、俺、向いてない。
でもさ、今は違う。
むつきちはさ、どういう意味でそんなこと言ったの?
「……俺より安土さんは」
「死体処理は、軍医の仕事じゃない。もう手配はした」
あぁ、そう。
そう、死体だものね。
もう、死んでしまっているのか。
「お前のその異常な正義感は何だ?小野寺のも、安土のも、何故首をつっこむ」
「安土さんは俺からじゃない、彼女からだから、てか、仲良くしてただけで首を突っ込むうんぬんはないと思うけど」
「お前今何かしようとしてるだろ」
あらら、バレてるの。
睦月は心配したように、キツい視線で春樹を見た。
「なぁんも、しないよ」
へら、と笑う。
睦月から目を逸らして、自分の部屋へと歩き出す。
「──槇田!話はまだ、」
「俺にはないですぅ」
お説教なんてご勘弁。
逃げるようにいた場所から退散した。
──夢で喰われたのは、安土桃代だったのかもしれない。
春樹は持っていた紙に記された番号を、ゆっくりと電話に打ち込んだ。
蟲蝕
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