その日は刹那が怪我人故に睦月に仕事を禁止されて、春樹は1人で外へ向かった。

敵を全然倒せず帰宅後刹那に冷めた目で見られる。
……俺はサポートで輝く人間なんだ!影の主役的な!




「むつきち、あの、安土さんが使ってる薬って……」

「持ってねぇからな」
「いらないよ!!その、薬名」
「……安土桃代が使ってんのは“ソレイユ”とかいう麻薬だったな」

安土桃山?戦国時代?
あぁ、ちがう。あづちももしろか。

ソレイユ。
それいゆ?

春樹は首を傾ける。
英語か何かか?
俺苦手なんだよなぁ。


「──“太陽”」

ぽつりと刹那が呟いた。

へぇ、太陽って意味なの。


人の悲鳴が聞こえて、しまいにゃ食われるのだ。実際には食われてないけど、精神的に食われて死ぬ。
悪夢を見せる薬を太陽と表現するのはあまりにも滑稽な話だ。


目を伏せて刹那が悲しそうな顔をした……気がした。
お前表情わかりにきぃわ、ハッキリしてくださいな。

嬉しけりゃひゃっほー!
悲しけりゃうえーん、とか。
怒ってんならムカ着火ファイヤーとか。

刹那がそこまで感情露わにしてたら気持ち悪い気もするが。



訓練、と呟いてベッドから立とうとした刹那の腕を睦月は遠慮なく引いた。

ぺしょり、と刹那は呆気なく崩れてベッドに逆戻り。


「お前はまだ安静にしてろ」
「もう大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃない……そうだ」


睦月は刹那のフードを引っ張って被せる。
余計表情がわかりにくいな、なんて春樹はのんきに考えた。


「しばらく右耳、隠しとけ。安土は奴隷差別思想あるから」
「ピアスにしたしわからんでしょ」

春樹の言葉に睦月が呆れて溜め息をはいた。


俺変なこと言ってねぇし!


「右耳ピアスは奴隷の印みたいなもんなのに右に穴好んで開ける奴なんざこのご時世にいねぇです」


……そうですね。
差別思想のある世界だから、そんなこと起こるんだろうけど。

刹那の右耳は蝋かなにかで固められているようで、穴は塞がらないようだった。



フードから覗かせた刹那の顔は興味なさげで、心底どうでもよさそうだった。

ぎし、とベッドのスプリングが軋んだ音が微かに春樹の耳に届いた。
当然軍医の彼の耳にも届いていて、彼は逃げ出そうとしたのかもしれないそいつを片手で押さえた。

逃げれない。
そう思ったのか、諦めたように刹那はベッドで横になる。


興味のない本人の代わりのように、春樹が睦月に問いかける。


「しばらく、って。思想なんて到底変わりゃしないでしょ」

言うなれば抗争が終わるまでずっと隠してかなきゃならないだろう。


「安土はすぐ死ぬ」

「……どういうこと?」


あの強さじゃ死ぬことなんてないだろう。

──薬のせいで、死ぬということか。

春樹は思考しつつも、黙って睦月の言葉を待った。


「薬の摂取過多。止めてもこっそり買っては量を増やしやがる……あの薬で死んだ奴は、何人かいるんだよ」


太陽が、人を殺す。

何か物語にもあったような。
翼が太陽に溶かされて墜ちる天使の話。

人々を照らす存在も、近付きすぎれば身を滅ぼしてしまう。


「もう救えすら、しねぇよ」


睦月が俯く。
諦めたように、悲しそうに。

そうやっていつも、彼は止められなかった自分を責めていた。
あんたのせいじゃないでしょと、春樹が言っても自責をやめることはないのだろう。


「……んー、俺訓練行ってくる!」

「あぁ、何かあればまた来いよ」
「ほぁーい」


春樹は大きく手を振って医務室を後にする。

さて、と彼は対人訓練室に向かった。
夕飯前だからか、人が少ない。

誰かソロの人間はいないか、だなんて春樹は辺りを見渡す。
ふ、と視界にナイフが入って反射的に避けた。


「う、おっ……!」


逃げるのは得意だよ、俺。
逃げ腰マンですから!
まぁ、普段の訓練相手のせいで回避はだいぶ得意になりますわそりゃ。


振るってきた相手は心底楽しそうで、気持ちよさそうで、顔色が土みたいで死にそうだった。


「お前ぇ、小野寺のバディだろ?」

「そうですけど、何か用っスか……安土さん」


ひゅ、とナイフがまた振られる。

何なんだどいつもこいつも!
訓練室でマジモンのコンバットナイフぶんぶん振り回すなや!
ラバー製使え!糞が!


春樹が持ってるものと言えば見かけ倒しもいいところのハンドガンだけだ。
ゼロ距離ショットしない限りはあたらない。
そもそも桃代に当てる気はさらさらなかった。


「私は強い奴と戦いたいんだよな!」


訓練相手を見つけたかったけどよりによってこの人かよ。
これもはや訓練じゃねぇし。

避けきれないナイフの振りを、春樹は咄嗟にハンドガンを抜いてそれで防いだ。


金属同士がぶつかり合う、耳に痛い音が響く。


あぁ、何てことしてくれる。
俺の大切なデザートイーグルに傷をつけやがった。



桃代はニヤニヤと楽しそうな下品な笑みを浮かべる。


「いいねぇ、お前」


避けてるだけなんだけど。
春樹は心でそう突っ込みながらも避けていく。

また数ヶ月前と同じように変な目で見られる。
俺がおかしいんじゃない。この人と刹那がおかしいんだちくしょうめ。


下がって、下がって。
どっ、と壁に背がぶつかった。


──まずい。
ナイフが思い切り突き立てられそうになっていたのを見て、慌てて春樹は首を左に曲げた。


どすん。

重たい音が、右耳の真横で響く。

ぎりぎりに、ナイフが突き立てられた。
春樹の額を、大粒の汗が伝った。


桃代がナイフを抜く前に、春樹はハンドガンを桃代に突きつけた。
もちろん撃つつもりはないけれど、威嚇だけでもと彼女を睨みつける。


「……ハハッ」

彼女が笑う。
眉間のしわを深く刻んで、笑った。


引き分け、でいいのだろうか。
春樹はナイフが仕舞われたのを見て息をつく。


「明日もやろうぜ、ここで待ってるから」

お断りしたい。全力で。


「……そういえば、バディは?」



「殺したよ、つい」




彼女は酷く、死人のようだった。




リミット


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