「な、に……やってんだよ」





珍しく動揺したような声だった。


「ごめん、部屋汚した」

「そうじゃ、ないだろ」



そこじゃない、と。



刹那の方に視線を移すとそいつはやっぱり力が入れられないようで、床に崩れていた。
壁に背をもたれてなんもとかこちらを見ているようだ。


変なものを見るような。
怯えたような。
そんな視線を向けられていた。

何で。
ようやく違う表情が見れたと思ったら、そんななの。


目が合ったと思えば、すぐにそらされる。



「お前には関係ないって、言ったろ」

「あれぇ、そうだっけ」


「何で首突っ込むんだよ……お前おかしいよ」

「バディだからだよ。俺おかしいの?じゃあ刹那と一緒だね」



正直、ここでへらりと笑える自分がわからない。



これで刹那が変わってくれるかな。

変わってくれるよな。
だって、もう木下いないんだよ。




部屋のドアが開いて、党首が顔を覗かせた。



「……叫び声やら銃声やらうるさいと思えば、どういうことだ?」


あ、やっばい。

一応参謀様はお偉いさんか。



……それを殺したとか、罪重い?





「説明してもらおうか、槇田」
「党首、俺が殺しました」



そう言ったのは、刹那。


いや、おかしいだろ。

銃を持ってるのは俺で。
距離的にも俺の方が近いし。

お前そっから撃てるようには見えねえよ。



……庇ってくれている、のか?





「それは無理があるんじゃないか、しかもそれ、お前の飼い主だろ」

党首も飼い主って表現すんのか。


「ノーコンの槇田が殺したっていうのも無理がありますよ。気持ち悪くて、我慢できませんでした、すみません。俺のことは処分してくれて結構です」



ノーコンいうな。

っておい、処分とか。
お前のためなのに、意味ないだろ。



呆れたような顔をした党首が手をパタパタと振る。



「いい、いい。木下は大した役に立っていなかったからな。お前の飼い主だから下手に扱えなかっただけだ」


片付けをしっかりしろよ、とだけいって部屋を後にしようとする。

党首は、ぴたりと足を止めてこちらをまた見た。




「小野寺」

「はい」

「しつけはしっかりしろよ、お前に任せたんだから。首輪はちゃんとつけておけ」


そういって、出て行った。



あれ、やっぱ俺犬扱い!?




「あれぇ、刹那、庇ってくれたの?」


笑ってそういうと大きく溜め息をつかれた。



「お前が片付けろよ」



淡々と吐き出される言葉。

何だ、お前も対して気にしてない。



あぁ、刹那の傷冷やさなきゃ。

落とした大量の冷却シートやらを拾い上げる。
氷は既に溶けていた。


氷の入った袋に、手についていた濁った赤色が移る。



「片付けるからさぁ、お前寝てなよ。隈酷ぇ」



随分とまともに寝てないんだろ。

刹那を半ば無理矢理ベッドに誘導してから俺は片付けに入った。




結構、時間がかかった。

いやでも、うん。部屋綺麗になったわ。
赤なんて、残ってない。


ベッドに視線を向けると、刹那の目はまだ開いていた。




「おい」

「……こんな時間に寝れるわけないだろ」

「もう夜だけど」



俺の言葉に刹那は黙り込む。

寝れないのかよ、そんな眠たそうな顔してるくせに。



刹那はベッドで少し身じろいで、俺を見た。




「お前はいつまでいるつもりだ」

「刹那が寝るまで」

「はやく戻れよ」


目を細めて俺をみるそいつは、やっぱり呆れているようで。




なぁに、人と一緒じゃないと寝れないの。
そう冗談のように言うと刹那は目を伏せた。


え、何。
まじなの。

生活からして1人で寝ることはあまりなかったんだろうけど。
いや、行為終わったら1人だろうけど、たぶんほら、意識飛ばしてるから。


成人してる男だぞ?
子供みたいな事を言ってるけどよ。



「……慣れないだけだから、ほっとけ」


拗ねたようにそういって毛布にくるまった。




そいつの手を掴むと驚いたのかびくりと体が揺れる。



「じゃあ慣れるまで、手掴んでてやっから」


だから寝ろよ、なんて小さく伝えた。



柔らかい髪の毛を撫でてみると刹那は拒否せずに黙って撫でられてくれた。



手はやけに冷たくて、無機物みたいだ。




「お前の手、冷たいな」

「ん、よく言われる」


眠たくなってきたのか、曖昧な滑舌で会話をする。



「手が冷たい人は心が温かいんだよなぁ」

「……そんなこと、ない」




どこか、寂しそうに。

言葉を紡いだ刹那はもう目を瞑っていた。



「冷たい人間は冷たいよ」



手に力をこめると、反対に相手は手の力を緩める。



「お前はあったかいな……馬鹿みたいに、優しいからかな」

──残酷だけど、付け足すことを忘れない。



お前には言われたくないかもな。



しばらくすると規則正しく、小さな呼吸音が聞こえてきた。




あ、寝た。


ゆっくりと手を離す。


痛々しい顔の傷を軽く触ってみる。

ぐっすり寝ているようで、反応はなかったけど。



まだ、苦しそうに寝るの。





ねぇ、俺なら。
俺ならこんな傷つけさせやしないのに。

そんな顔、させないのに。




ずっとそばにいるよ。


両親みたいに突き放したりしない。
奴隷商人みたいに酷いことをしたりしない。
あれみたいに、道具扱いなんてしない。



依存することしかできないならさ、いっそのこと。




俺に依存すればいいよ、刹那。



愛玩犬と狂犬


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