綺麗な花束を抱えて病室へ向かう。
似合って欲しくないのに、似合ってしまう、静かな人の元へ。
似合っているのは、なんだかそのまま花のように、枯れてしまいそうで怖い。
ぱりん。
何かが割れるような音がその部屋から聞こえた。
普段は無音なのに。
窓から変な人が侵入……とかじゃないよね?
静かにドアを開けると、せき込む声が聞こえる。
え、嘘。
テーブルの上に置いてあった花瓶が無惨にも床で割れていた。
そんなことは、どうでもいい。
刹那さん、起きた。
起きてる。
「……ごめん」
刹那さんは割れた花瓶と私の持つ花束を交互に見て困ったように笑う。
起きたばかりなのか、長時間寝てたからか。
呂律が少し回っていないような喋り方だった。
花を投げ出して抱きついてしまいたい気持ちが沸き上がる。
いやいや、でも、迷惑かもしれない。
泣き出しそうになるのを必死に抑えて、笑う。
泣いたら駄目だ、泣いたら駄目。
困らせてしまうかもしれない。
「あ、の……春樹さんに、連絡してきますね」
彼は今、仕事中だろうか。
電話のある場所に行こうと、刹那さんに背を向けてドアに向かう。
手をかけて横にスライドさせようとしたドアは反対側にいた人に先にやられ、私は手を持っていかれた。
目の前にいたのは、春樹さん。
あぁ、看護師さんに連絡もらったのかな。
「あ、お嬢ちゃ、ごめ、」
息を切らしながら彼は病室を覗いた。
そうして、刹那さんを見て目を見開く。
安心したのか。
呆気にとられているのか。
あは、と渇いた笑いを生み出して、春樹さんは壁に手をついた。
「はるき、えりか、ごめん」
弱々しく笑顔を作る刹那さんに、春樹さんが抱きつく。
「春樹、はるき、苦しい」
「うるせぇ!ふざけんな!ふざけんな馬鹿野郎!」
泣きながら怒っている春樹さんに対して、刹那さんはふへ、と子供っぽく笑う。
「笑ってんじゃねぇよ!」
「うん、ごめん、悪い」
刹那さんは片手を春樹さんの背中に回し、もう片方の手を私へと伸ばした。
おいで、と言うように伸ばされた手を私は見つめる。
「エリカ」
何やら泣きそうな声に、手が震える。
私は、どうすればいい?
あのね、あのね、刹那さん。
あなたにどうやって言おうかって、悩んでいたの。
花束に顔をうずめるかのように俯いて、ゆっくりと口を開いた。
「……両親を殺したこと、私は許せない、許せるわけない」
そういうと、静かに手が落ちていく。
「そう、だよな」
落ちていく手を掴む。
大きな花束は、床に落ちた。
それは崩れることなく、静かに床に横たわっていた。
「……でも、私は救われました」
エゴであると、言っていた。
「エゴでも何でも、私は救われたんです」
そばに居てくれて。
そう、いつの間にか。
特別な存在になっていた。
必要な存在に、なっていたから。
「私にはあなたが必要なんです、特別なんです……だから、いなくならないで、置いて、いかないで……っ」
両親のように私を置いていくというのなら、私はそれこそあなたを許せない。
刹那さんは、泣きそうな顔で。
ぽん、ぽんと私の背を優しく叩いて、口を開いた。
静かだった、居心地の悪い部屋。
それが今は、やけに居心地が良い。
「……俺は最低だな」
どこか声は上擦っていて、表情は見てはいけない気がした。
見てほしく、ないだろうから。
「……人の命を散々奪って、殺して、踏みにじっ、て」
刹那さんの力が強まった。
苦しそうに、吐き出される言葉を一生懸命聞き取る。
仕方ないとは言えない。
言えるわけない。
でも、それでもあなたは。
そうしなきゃ、生きられなかったのでしょう?
「怖かっ、た。死ぬの、怖いよ。独りで、消えるんだ、って。すごく、怖かった」
治りはしない傷を受けて。
仲間に、裏切られて。
意識を失うとき、独りだったなら。
それはどんなに、怖いことなのだろうか。
「……はるき、えりか」
小さく、ハッキリと。
その言葉は、私たちが欲しかった言葉だ。
「……生きたい、よ」
生に無頓着だった彼が。
道具だと主張していた彼が。
「生きたい」のだと、言ってくれた。
「お前らに、かけがえのない大切な人ができるまで。
……そばに、いさせて」
そう、そうだね。
私も。
貴方に、かけがえのない大切な人ができるまで。
「そばに、」
そばに、いよう。
白の部屋
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