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人間が最善を尽くせば、他に何が必要だろう?
― ジョージ・S・パットン将軍
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真っ白い部屋に、無機質な音が一定の感覚で響く。
微かに胸は上下に動いているのに、その人は生きているとは言い難かった。
酸素を体に取り入れるためのマスクをつけて、何本かの管をつけて。
生きているのではなく“生かされている”としか言えない状態だった。
私は笑ってくれることのないその人をただ見ていることしかできない。
目を覚ますよう祈ることしか、できなかった。
──一命を取り留めたのは奇跡、だと。
医者は言っていた。
消えない傷ができたこと。
神経断裂によって下半身はもう動かないこと。
いつ目覚めるかは、わからないこと。
時間が経つにつれて目覚める可能性は減っていくこと。
それを告げた上で“奇跡”だと言い放った。
抗争は、戦争は。
終わったのだと。
勝ち戦だったのだと。
告げられて、喜ぶ人たちを見ていた。
あぁ、良かった。
勝ち戦なら、強い2人も無事だったのだろう。
そんなことを考えていた矢先に、だ。
暗い声の春樹さんに呼び出され、病院にきて、こんな形での再会だった。
気まずいまま、いいたい言葉も伝えないまま。
……伝えることも、できないかもしれないなんて。
「お嬢ちゃん」
春樹さんが、病室に入ってくる。
抗争が終わりあの家が機能しなくなった今、私は春樹さんのお世話になっている。
食べ物の入った袋を私に差し出した。
「ありがとうございます」
「おーい、刹那、お前の好きな唐揚げだぞ。羨ましいだろバーカ食いたいなら早く起きろ」
匂いを送るように手をぱたぱたと振る動作を見せる。
意味がないのはわかっているのだろうけど、それでも無理に笑ってふざけてみせた。
しばらく後に春樹さんは動作を止めて椅子に座った。
もらったお弁当に口を付ける。
暖かいそれはそこまで美味しいとは感じなかった。
「1日が長く感じるなぁ」
はぁ、と溜め息を吐いた目の前の人。
終わってから3日。
もう3日、まだ3日。
これからもこれを繰り返すのだろうか。
死んだように生きる刹那さんを見つめることしかできないのだろうか。
「そろそろ起きてくれてもいーんじゃねぇの?」
春樹さんは唐揚げを口に含みながら刹那さんの眉間をつつく。
あまり人が来ないこの部屋のドアが、開く音がした。
看護士さんだろうか。
私の考えを裏切るように、
現れたのは、党首だった。
私は体を強ばらせ、春樹さんは嫌そうな顔をして立ち上がる。
「……何の用っすか」
低めの声で、春樹さんは呟いた。
党首の後ろからは、不思議そうな顔をした看護士さんがひょっこり現れる。
あぁ、案内させたのか。
党首は看護士さんを見て、刹那さんを指差す。
「そいつの酸素を外せ」
……は?
刹那さんは今、酸素を自分で取り入れられなくて。
つまりその、酸素の機械を外すことは、殺す、ということだ。
突然のことに看護士さんは戸惑っていた。
「あんたには関係ないだろ」
「あるさ。入院費を払っているのは私だ」
文治派のトップだから、抗争の傷害の責任は彼女にいくわけか。
「なら俺が金払う。刹那はこのままだ。あんたはもう結構、それでいいだろ」
春樹さんが睨むと、党首は笑った。
「危険な道具は処分したいと言ったろう」
また戦争が起きたとき、敵方にいってしまう可能性があるなら殺す。
そう言いたいのか。
「刹那はもう自分で歩けない。道具としてのこいつは死んだ、それで充分だろ……!」
春樹さんが下唇を噛んだ。
腹が立つ。
刹那さんを「道具」だという彼女が。
刹那さんは、人間だ。
ちゃんと、生きているのに。
「道具としてしか生きられない小野寺を生かしておいてどうする?それこそ非道いことなんじゃないか?」
──生きている意味も価値もない。
歪んだ笑顔を浮かべる彼女に寒気がした。
「……意味や価値なんて、」
今までの刹那さんの生い立ちなんて知らないよ。
戦争で人を殺すことでしか生きられなかったのかも、しれない。
また戦争が起きたら、この体でも向かおうとするかもしれない。
戦争の「道具」としてしか、生きてなかったのかもしれないよ。
だけど、
「これから見つけていけばいいんです……!」
これから見つけていけばいい。
大切なものも、生きる意味も。
人生の価値も。
道具じゃなくて、人間としての生き方も。
党首の呆れ顔から目をそらして刹那さんを見る。
微動だにしないその表情は、笑ってるのか悲しいのか怒っているのか。
生きたいのか死にたいのか。
何もわからない。
「……私に関係ないのなら、いいか」
興味なさそうに呟いて、こちらをみて馬鹿にしたように笑った。
精々苦しんで生きろ、そういうように。
党首は何もなかったように病室から出た。
また3人だけの空間に戻る。
刹那さんが、彼女の言うように「道具」としてしか生きられなかったとして。
もう道具じゃなくなって、戦争もなくなって、あったとしても参加できないとわかったならば。
彼はどうしたいと願うのだろう。
もしも、死んでしまいたいと思うなら。
春樹さんはどうするのだろう。
……私は、どうしたいのだろう。
「……早く起きろよ、馬鹿」
春樹さんが泣きそうな声で呟いたそれは、白い部屋に虚しく響くだけだった。
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