最後の総力戦についてはそう遅くはなかった。



次の日に、滅多に使われていなかった屋内放送が使用され、告げられていた。


更に翌日の、12時から。
終わりは特に規定されていない。

まぁ、どちらかのトップが死ぬか、協定とやらが結ばれるまでだろう。




開始時間まで決めてしまうものなのか。

随分と呑気なものだな。




結局、少女と顔も合わせないままその時間まで近付いていく。




最後になる当日、こちら側の人間は安全な場所まで進んで時間になるのを待っていた。



エリカの住んでいた街よりも少し奥、相手側の領域。



周りに多少敵はいるらしかったけど、時間を定めているのだから攻撃はしてこない。





「……最後かぁ」



隣に座っていた春樹が空を見上げながら呟いた。


真似をするように見上げると、濁った色をした空が目に入る。




今にも雨が降りそうな空は、まるで誰かの感情を表現しているようだった。






「たくさん、死ぬんだ」

「そうだな」

「たくさん、殺すのか」




寂しそうに。



結構長い間参加しているわけだし、そろそろ慣れたらどうなんだ。


昔そんなこと言ったら「こんなこと慣れるはずない」とキレられたような。




「最後だろ、踏ん張れ」



「……わかってる」



もう戦争なんかに参加してやるものか。
そう言いたげな春樹。


でもどうせ大切な人ができて、その人が危険に曝されたらまた繰り返すのだろう。

人のために動く、馬鹿な人間だから。




俺は腕につけていた時計を見た。

あと2分。





「俺、終わる頃に生きてるかな、」




相手も全力でかかってくるわけで。



「勝てるのかな、」



負ければどんな風になるのか、わからない。

まぁあっちが勝ったら海外に喧嘩売るんだろ、世界規模の戦争かな。






あと1分。







隣にいるそいつの頭を軽く叩いて、視線をそらす。



「守るよ」





最悪負けたっていい。


世界規模の戦争だって、お前は参加しなくて良い。





俺がこの後どうなってるかなんてわからない。

生きるか死ぬか、そんなこともわからないんだ。




だけど、せめて。

道具は道具でも、
矛じゃなくて、盾になれたなら。



お前らを、守れたなら。


それで良いかもしれない。






「刹那……」




俺の言葉で、どうして春樹が泣きそうな顔をしたのかは分からない。


どうしてお前が泣きそうな顔をするの。




「ちゃんと、守る」





横の人間に告げるように、自分に言い聞かせるように。

小さく、呟いた。




手にあるアサルトライフルの弾を装填する。



心なしか、周りの人間の息が荒い。




恐れているのか。
怯えているのか。


あぁ、可哀想。
なんて、人事のように心の中で呟いた。



相手はどうせ身を守るための盾を設置している。




最初はそんなに、当たらない。

顔を出した瞬間に当てるくらいしかできない。






全ての針が、12の数字を指した。





相手の指揮らしき人間が叫んだのが開戦の合図になる。



一気に周りは、戦場となった。


木に隠れて、状況を見ればやはり相手は盾を持ち、土の入った袋を積んで防御が整った状態だ。




息をゆっくり吐いて、閉じていた目を開けた。




こちら側の前列が、盾を持ったまま前進していく。


強行突破だ。
けど、これ相手を崩せないまま相手の盾まで到達したらどうすんだ、ぶつかり合いか?




「党首、俺ちょっとはずれます」



後ろの方にいる党首に目を向けて言葉を放つ。



「どうした」

「横から奇襲かけて崩せるか試した方がいい」



好きにしろと言うように口で弧を描いたから好きにしてやろう。




「春樹、行くぞ」




余分に用意された盾を片手で持ってできるだけ茂みの深い方へと歩く。



「2人でいいのか?」

「足手まといがいる方が厄介だろ」




相手に気付かれないように回り込む。


相手は前線に夢中で、横に隠れている俺らには気付きそうになかった。




「くれぐれも俺を撃つなよ」

「撃たないから信用しろよ」



呆れるような小さな声。




その声を発したそいつは銃のスコープを覗いて「よし、この位置」と満足そうだ。



盾を持ち直して、前を見据えた。






1人で飛び込むなんて、馬鹿みたいだろ。


だから相手も、動揺するんだよ。




横から撃ちながら近付いてやれば、突然のことに驚いた様子を見せる相手。




慌てて俺に標準を合わせようとするやつが撃つ前に、正確にそいつへと鉛玉をくれてやる。


後ろから飛んでくる銃弾もいい具合に敵戦力を削いでいく。




盾で防ぎながら、確実に敵を消していった。





ほら、な。

突然のことに動揺してる。
何も考えずに参加してるから対応に困ったんだろ。



積まれた袋も蹴って崩していく。




仲間の前からの攻撃もあって、あっという間に制圧だ。



あまり手応えもない。



「クリアか」



「周りから来てる!!来てるぅ!」





空気を壊すように、アホみたいな声を上げて春樹が近付いてきた。



マジかよ、囲まれていたなんて。




「室内組は中に入れ!」



党首の言葉に入り口へと足を進めようとした。





「刹那!」

「どうした」

「……通信、つけとけ。切るなよ」



春樹は真面目な顔をして告げる。

何だ、お前のアホな声を聞きながらやらなきゃいけないのか。

そんな冗談を言うと苦笑された。




「わかった」


通信をつけて入り口に向かう。




外は春樹がいるから大丈夫。


背中は任せた、なんて。






室内にも敵がたくさんいる。

まぁ、総力なんだろうから当たり前だけれども。




先ほど党首がいった「室内組」……所謂「精鋭」らしいやつらがやる気満々で敵を撃ちながら前に進んでいく。


なんとなく、でしゃばらないで一歩後ろを歩いていく。



あぁ、すげぇ。
頑張ってんなぁ。



敵と同様にバタバタ倒れていってるが。

少数精鋭とは一体何なのか疑う。
精鋭のくせに呆気ない。
いや、人間の命なんてそんなものか。




それでも、奥に進んでいく。


建物は無駄に複雑な構造をしていて、こちらは辛い状況だ。


……どこから撃ってきてるかわからん。



党首に弾が当たらないように盾で防ぎながら進んでいく。




無線の向こう側から、ゆるい声が聞こえてきた。



『刹那、大丈夫かー』

「大丈夫、そっちは」



大丈夫っつっても半分くらいは倒れたけど。


『大体たぶん片付いた。党首に突入するか聞いてみて』



片付いたのか、早いな。


マイク部分を押さえて少し後ろを歩いていた党首に目を向ける。


党首の近くにいた、先日喧嘩を売ってきたそいつに睨まれた。名前は知らん。

今は喧嘩とかする暇ないだろ。




「槇田が大体片付いたから突撃していいか待機中です」


「外にいるやつはそのまま待機。奇襲とかあっても困るからな」



短い返事を返してマイクから手を離した。



「春樹、そのまま待機」


『はぁ?』

「はぁじゃない」

『やだ』

「やだじゃない」



駄々をこねるな。




おかしい、おかしいだなんて言うそいつに聞こえるように溜め息を吐いてから、近くにいた敵を撃った。



「お前スナイパー以外クソなんだから外で働いてろ?」

『うるっせぇバーカ!』



近距離苦手なくせに。

というか俺に文句言われても仕方がないんだけどな。



だいぶ進んだのか、敵の攻撃が激しくなった気がする。



ナイフを振って、銃を発砲して。


前へ、前へと進んでいく。




いくつの階段を登ったかもわからないそこで、仰々しい扉が目に入った。



あぁ、ここにいるだろ。相手のトップ。

目立つなぁ。



中にさえ入ってしまえばこっちのものか。
さすがに中では発砲しないだろう、協定結ぶって譫言を言っていたわけだし。




半ば無理矢理、強行突破する。


最初の方で全滅させる予定だったのか、最後は先ほどよりも敵が少なかった。




党首を扉の向こうに行かせて、扉を閉じる。


開けたときに一瞬見えた相手のお偉いさんの顔は驚いたもので、何だか笑えた。



ここを後少し守れば勝ちなんだろ。

協定とやらを結ぶまで。




少数の精鋭部隊はもうほとんど息絶えていて、残りは2人だけ。
精鋭部隊って本当なんなのよ。



敵を一掃する勢いで蹴散らしていく。



どれくらいか経った時に、建物内に放送が響いた。




「協定は結ばれた!全員戦闘をやめろ!!」


それは党首の声で。
あぁ、終わった、だなんて。

放送を流したのは党首、つまりこっちが有利な協定とやらを結んだのだろう。




通信機のマイクに向かって口を開く。



「春樹、終わったぞ」

『聞こえたー、どうせ協定という名の脅しだろ?』

「はは、違いない」


終わったのが嬉しいのか、明るい口調で春樹が喋る。

それを片耳で聞きながら、戻ろうと最後の扉に背を向けた。



敵はもうそこにはいなくて、生きていた人間は各々の部屋にでも戻ったのかもしれない。




抗争はもう終わったのだから、党首の身に危険が、なんてことはないだろう。



『怪我とか大丈夫か?迎えに行ってやろうか』

「大丈夫、今戻る」



馬鹿みたいに心配をするそいつに笑いかけながら、足を進めていた。










軽そうな発砲音が、耳に残る。




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