長い白衣の裾を翻す。

この場に似合わない革靴で音を立てて、彼
瀬谷川睦月は歩いていた。

綺麗に掃除されていたはずの廊下は赤い血で汚れていて、大きく睦月は溜め息を吐き出した。


――酷い有様だ。

こうして兵士たちは怪我をして、血を流して。
何人の人間を軍医である睦月が治したかもわからない。
何人の人間が死んでいく姿を看取ったかすら睦月は覚えられないほどだった。


お互い均衡を保ったまま、いや、寧ろ睦月の所属する「文治派」は劣勢の状況だ。



「早く終わらんかねぇ」


上を見上げても白い天井。
仮に外で見上げても綺麗な空など滅多にお目にかかれないものだが。


床の血を追いかけると睦月より幾分か大きい男が目に入る。
血の元凶だ。掃除はこいつにさせることにしよう、治療をしてから。


「よぉ、小野寺刹那」
「……軍医殿」


小野寺刹那、と睦月に呼ばれた青年は彼を見て顔をしかめた。

「嫌な顔しなさんな。そんだけ怪我してんだ、医務室に来たらどうなんだ?」

その言葉に刹那は顔を更にしかめた。
普段は無表情な人間なので、よっぽど嫌なのであることが伺える。


「俺の治療の時、わざと痛くしているでしょう」
「あぁ、もちろん。だって俺、お前のこと嫌いだもの」
「……いっその事清々しい」


刹那が溜め息をつくのを見た睦月は笑う。

睦月は嫌いだった、目の前の男が。
そいつは自分自身を人間とみなさず、どんな大怪我を負ってでも仕事をこなす。
自分の感情を投げ捨て、兵器となっている。

自分を大切にしない奴は大嫌いだ。自分から死に飛び込んでいるような人間など嫌いだ。
軍医として、生きたくても息を引き取っていく人間を何人も救えなかったから、尚更。


「あ、むつきちだ」

「お前も槇田くらい馬鹿になったらどうだ」
「いきなり何!」

馬鹿扱いをされた刹那のバディである槇田春樹は怒る素振りを見せた。

「頭首は小野寺を推しているが俺は槇田の方が断然好きだな。馬鹿っぽくて人間らしい」
「ちょっと俺褒められてんの、けなされてるの?」


春樹は首を傾ける。
しょんぼりとした顔を浮かべていた。

褒めてんだよ、という睦月の言葉に春樹は喜んだ。
ほらな、馬鹿だろう。


「どうやったらそこまで怪我をできるのか、ご教授願いたいわ」
「あーそぉ!むつきち聞いてよー!」

不満いっぱい!といった表情で春樹が刹那の前に飛び出した。

「今日ん仕事さぁ、敵の『さつりくへーき』の捕獲だったんだよ!」

さつりくへーき?
殺戮兵器。なんとまぁ物騒な。
壊してしまえば……ん、捕獲?

「人間か?」
「戦線にお出にならない軍医殿はお知りになられないと」
「ああお知りになられねぇよ口を慎めよ小野寺」

嫌味ったらしく言った刹那をにらみつける睦月。
こいつ、後で悲鳴が出るほどの治療をしてやろう、後悔するがいい。
普段無感情なくせに俺に対しては嫌悪丸出しか。感情的になれるといえば聞こえはいいけれどそれまでだ。


「人間だよ、それも女の子」
「女」
「刹那の怪我もそれのせい。俺はスナイパーだから無事だけど」

なるほど。
こちらが劣勢だったのもその「殺戮兵器」のせいだったのかもしれない。
殺す、じゃなくて捕虜とするといったのは、頭首がこちら側にそれを利用しようとでも言うのだろうか。


「やばかったよ、マジ。怪物vs悪魔みたいな」
「へぇ、そりゃあ恐ろしいもんだ」

こちら側の「殺戮兵器」的存在の小野寺とあちらさんの「殺戮兵器」だもの、そりゃあすごいものだったんだろう。

しかしどう利用するつもりなのか。

信者的であればこちらの味方になどなってくれないだろう。
寧ろ橋場のために情報を流すまいと舌を噛み切って死ぬかもしれない。

……つまり、あれか。
殺戮兵器の「中身」を見たいのだろう。
ドーピングでできた人間ならば、人に手を加えられてできた存在であったなら、何かしの成果は得られるはず。


と、なると。

『瀬谷川軍医、直ちに党首のもとへ』

……やはり、睦月にもお声がかかるのだ。

放送の声を聞いて小さく溜め息を漏らす。


「……治療は後でだな」
「お構いなく、自分でできるので」

できてねぇだろ。
お前、いつも適当で見ちゃらんねぇよ。


再び繰り返しの放送に耳を傾けてお偉い党首様がいる部屋へと睦月は足を進めた。



兵器


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