朝ご飯を食べて、2人と別れて、部屋に逃げ込んで、夕方・夜になったらまた2人とご飯を食べて、部屋に戻る。
毎日毎日それを繰り返した。
お昼に食べろと言われて渡された食券は貯まる一方だった。
1人で部屋から出るのが怖い。
軽蔑したような視線が怖い。
私はここに、いちゃいけないのに。
もしかしたら、
刹那さんも
春樹さんも
私を助けたことを後悔しているかもしれない。
思考はどんどん、悪い方へと進んでいく。
「エリカ」
名前を呼ばれてはっと意識が戻る。
刹那さんが私を見ていた。
「目の下、隈できてる。寝れてないのか?」
大丈夫、とだけ返す。
使ってない食券返さないといけないな。
いつものように朝ご飯を済ませて、部屋に戻ろうと思っていた。
けれど、今日は2人が時間になっても立ち上がって行くことはなかった。
「お仕事は……」
「あぁ、今日は休みだ」
「はー、寝よう!昼寝しよう!」
春樹さんがのびをして、幸せそうに笑う。
食器の乗ったお盆を持ち上げた。
「春樹、訓練」
「げーっ!休みくらい休ませろよ!」
休みは訓練って、仕事熱心だなぁ。
春樹さんとぱちりと目が合って、彼はニヤニヤと笑った。
「休みの日くらいお嬢ちゃんに構ってあげなって!」
春樹さんの言葉に刹那さんはじっと私を見た。
「じゃあスポーツでもするか、運動場で。エリカも体は動かした方がいい。お前も行くぞ春樹」
「あ、はい……」
「えー!休ませろよ!この体力馬鹿!」
運動場はすごく広かった。
道具も揃っていて、たくさん出来る。
球技。
バドミントン。
陸上。
たくさん。
どれをやっても刹那さんが強くて。
春樹さんと一緒に2対1でやっても勝てるものはなかった。
「2人共だらしがないな」
しかも、私たちはバテているのに、刹那さんはまだまだ大丈夫そうだ。
「くそ体力馬鹿が……」
「……疲れた」
これは勝てない。
あっという間に時間が過ぎて、お昼の時間になっていた。
食堂に向かう途中で、色んな人から視線を向けられる。
珍しいものを見るような視線じゃなくて。
軽蔑したような、視線。
やっぱり、怖くて。
刹那さんの服を少しだけ掴んで歩く。
「エリカ」
「何でも、いいです」
「たまには俺たちがいるときも好きなの頼め」
「じゃあ……炒飯ください」
恐る恐る注文する。
受付の女の人はにっこりと笑った。
頼んで時間の経たない内に炒飯が出てくる。
手際がいいなぁ。
席について、手を合わせて「いただきます」
温かい炒飯を口に運んだ。
「午後は何をするか……」
「俺は寝る!寝るからね!」
刹那さんの言葉に春樹さんが怒ったように返した。
まだ元気なんだ……あれだけ動いたのに。
2人のやり取りを見ていると、楽しい。
2人は違うって。
私を軽蔑なんかしてないって。
思いたかった。
そんなことを思った矢先に、聞こえてくる声。
知らない人の、会話。
「何もやってない奴が楽して生活してるってどうなんだよ」
「命懸けて外出てる俺らがアホみてぇじゃん」
その人たちの視線はおそらく私に向けられている。
それは私に向けられた言葉だった。
思わず私は俯く。
人が少なくて、いつもより静かだったから、それは2人にも聞こえてたようだ。
刹那さんが立ち上がって私の後ろの、その人たちの席へと向かった。
「おい」
冷めた言葉で、その人たちを見下す。
「何だよ」
「今の言葉を訂正しろ」
「はぁ?本当のこと言って何が悪ぃんだよ」
刹那さんは相手の言葉に
テーブルを思い切り蹴った。
テーブルに乗っていたスープが零れる。
たくさんの視線が集まった。
「こいつの分は俺が仕事してる。
文句を言うならせめて俺の半分くらい仕事が出来るようになってから言ったらどうだ。大した仕事もこなしていないくせに笑わせる」
春樹さんが苦笑いをする。
「血の気が多い奴は怖いねぇ」
止めなくて大丈夫なのだろうか。
相手の人は「調子に乗るな」と言わんばかりに銃を刹那さんに突きつけた。
これから外に出るのか、銃を持っていた。
食堂なのに構わずその人は銃を発砲する。
刹那さんはそれを頬をかする程度にかわしてから素早くその人を地に伏せた。
その人から銃を奪い取って、額に突きつける。
「ハンドガンなんかに頼ることしかしていないから弱いんだろう」
「刹那、そんくらいにしとけって」
春樹さんの言葉に刹那さんは銃を投げ捨てた。
地に伏せている人と一緒に話をしていた人は、青ざめた顔でこちらを見ている。
「ちょお!何してん!」
食堂の調理場の方から声を荒らげて来たのは女の子。
年は私と同じくらいだろうか。
「あぁ、悪い」
「ちゃあんと片付けなさい!もー、兵士さんは血の気が多くて敵わんわ」
呆れたように、少女は溜め息をはいた。
苛ついたような足取りで、戻っていく。
刹那さんは溜め息をついて、皿を拾い上げた。
「……ちっ」
相手は舌打ちをしてその場を離れていく。
片付けないのか。
向けられていた視線は段々違う方向に、何もなかったかのように散らばった。
刹那さんは威圧するような雰囲気をだしてはいなかった。
相手みたいに、殺気を丸出しにしていたわけではなかった。
なのに、少し怖かった。
「刹那ぁ、中で乱闘起こすのやめろやー。その内ペナルティ課せられんぞ?」
「はいはい、悪かった」
言い方からして常習犯みたいだ。
刹那さん、落ち着いたように見えるのに、案外喧嘩腰なのか。
返却口に食器を返して、食堂を後にする。
春樹さんは逃げるように廊下を走り出した。
あ、と言ってぴたりと止まる。
「お前ちゃんと医務室に行ってその傷治せよ」
春樹さんが指さすのは、自分の頬。
先ほど銃弾がかすった頬のことを示しているようだ。
「あぁ」
刹那さんの返事を聞いて再び走っていった。
どうしても寝たいのか。
「エリカ、お前はどうする」
「刹那さんはどうするんですか?」
質問に質問で返すな、と呆れられた。
少し視線を逸らして考える素振りを見せる。
「……そうだな、本でも読むことにする」
特にやるべきことはないらしい。
「お前も読んでみるか?」
……1人は、怖い。
せっかくだから一緒にいさせてもらおうと、私は首を縦に振った。
黙って刹那さんの後ろをついていく。
ついたのは、刹那さんの部屋。
……あれ?
「医務室は行かなくてもいいんですか?」
「あぁ」
いや、あぁ、じゃなくて。
刹那さんは気にせずに部屋に入った。
私に手招きをしてみせる。
「ほっぺ」
「このくらい舐めとけば治る」
頬は嘗めることできないと思うんですけど。
「……いつも自分でやってるんですか?」
あの乱雑さはどう考えても医療人がやったものとは思えない。
刹那さんはベッドに座り込んで肯定した。
「時間の無駄だろ、死にはしないのに」
生死の話じゃなく。
まだ少し、血は出ている。
近くに置いてあった刹那さんがいつも使っているであろう治療道具を手にとって彼に近付いた。
「ちゃんとやらないと、駄目です」
「大丈夫だから」
「代わりに私、やります」
助けてくれたその人のためにできることなんて、ない。
私に出来ることなんて、これしかないから。
刹那さんは黙ってから「じゃあ頼む」と小さく呟いた。
消毒液と綿をとって、消毒。
顔が近くて、真っ直ぐとした瞳が見える。
恥ずかしくて目を合わせられなくて、私の視線は傷口に集中させた。
大きめの絆創膏を貼っておしまい。
「ありがとうな」
「あの……私に出来ることがあれば何でも言ってください。頑張ります」
役立たずは必要ない。
ここを追い出されてしまったら、
刹那さんに見放されてしまったら、
私の居場所は、ない。
私は、人に頼って生きる術しか知らないんだって、己の幼稚さに泣きたくなる。
刹那さんは優しく笑って、私の頭を撫でた。
優しいんだ。
だから、そんなんだから。
私は怖い。
突き放されることが、怖い。
「頑張りますから、見捨てないで……」
「見捨てたりなんかしない」
声が優しい。
「どうして、そんなに……無関係な私に優しいんですか」
わからない。
優しくされればされるほど、わからない。
私にはまだ未来があるからとか、
若いから、とか、
そんな理由でここまでされる必要なんてない。
だって、同じ街に住んでた同い年の子は何人も殺されている。
若いからって未来があるわけじゃないんだ。
「……ただの俺のエゴだ」
小さくそう言葉を放つ。
『誰かを救いたかった』
あの言葉は、どういうことなの?
これが、関係しているの?
聞くことはできない。
聞いてしまえば、刹那さんが傷ついてしまうような気がしたんだ。
「だから、お前は俺に守られてくれ。ここで、笑っていてほしい」
私はどうすべきなのかわからない。
失うのが怖い。
生きることが苦しい。
それでも、
「……はい」
私を救ってくれたあなたが望むのなら、私は笑おう。
na
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