──それからの生活といえば、ひたすら歩いているだけだ。
上手くいけば泊まり、基本的には野宿。
まだ地下牢のほうが幸せだったかもな、なんて睦月は嘲笑してみせた。
まだまだ青空は見つからない。
その日も、焚き火をしながら森の中でぼうっと意識を揺らしていた。
アイリス、そう呼んでいた女は数日前に立ち寄った村でもらった寝袋にくるまって寝ている。
戦争の火の手が一切伸びてない場所へと行きたい。
そこで平和に生きたい。
睦月は揺れる火を眺めながら意識をゆっくりと手放しかける。
俺は、反逆者なのだろうか。
追っ手が来て、殺されることもあるのだろうか。
そうしたらアイリスはまた、地下牢行きだ。
次こそ解体されて、死んでしまう。
そんなことさせてたまるか、なんて心の中で呟きながらゆっくりと目を閉じた。
次に目を開くと、冷たさが睦月を襲う。
雨だ。雨が降り、彼らを濡らしていた。
焚き火も、消えてしまっている。
「……最悪だ。アイリス、起きろ」
「ん……」
「とりあえず雨を凌げるところへ行くぞ。風邪なんて引いてらんねぇ」
彼女を起こして手を引く。
必要最低限の荷物を背負って、屋根のある建物が見つかるまで走った。
「……まぁ、しばらくはここで」
ようやく見つけたのは、今は使われていないであろう寂れたバス停。
停留所の、屋根のある小さな建物に2人は身を潜める。
そろそろ次の街か村が見つかるのかもしれない。
あぁ、そうだ。
挨拶を忘れていた。
睦月はアイリスを見据えて、口を開く。
「はじめまして」
彼女はその言葉に、初めて首を傾けた。
「はじめまして……?」
疑問系。
睦月はそのことに真似るように首を曲げる。
「睦月さん」
嘘だ。
まだ俺は自己紹介なんてしていない。
今日は、まだしていないんだ。
睦月は震える手を抑えつけて、口をゆっくりと開く。
「覚えてんのか」
「ごめんなさい。名前だけ」
控え目な返事。
名前を覚えている。
顔と名前が一致、する。
「……十分だ」
それだけで、十分だ。
はじめまして、なんかじゃなくなったから。
屋根に当たる雨の音が止む。
「行こうか、アイリス」
彼女の手を引こうと、差し伸べる睦月。
「あら」
アイリスの感嘆に、睦月は視線を彼女と同じ方向に向けた。
そこに広がっていたのは
大きな虹。
そして、青空だ。
「綺麗」
静かに、アイリスは呟く。
「……見つけた」
綺麗な、青空を。
「あと少し、街まで頑張るぞ」
睦月の言葉で、アイリスは優しく微笑んだ。
アイリスの花言葉
「あなたを大切にする」
青空
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