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4:2人の語り部

※前の学校の元チームメイトの名前を入れて下さい。
 (デフォ名:鈴木)

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↓の名前で表示されます。
鈴木
*****





…ーーー巨大なパフェを食べ続ける最中、ふと思い出したように野坂が話し掛けてきた。



「そう言えば名字さんって、階段から突き落とされたそうですね。雷門に編入する前」
「ごほ…っ!?」
「あぁ、大丈夫ですか?」



しばらくパフェを咀嚼していた野坂の何気ない一言にあれだけ甘かった口内が一瞬にして無味になる。
むせ込んだ名前を気遣う野坂だが原因は彼の唐突な切り出しに他ならない。



「突き落と…、えっ?…それは誰かに聞いたの…?」
鈴木君ですよ。話す機会があって…あ、勿論悪意があった訳ではなく、弾みだったと聞きましたよ」
「…そう、…」
「あなたが雷門に編入するきっかけも、鈴木君がスポンサーに手をあげて休部になった経緯も、その時に聞きました」
「(全部知ってるんだ…)」
「結構勢い良く落ちてしまったそうですが…後遺症の残るような怪我も無しだなんて、とても運が良かったんですね。雷門のパワースポットって言われてるのはその辺りから?」
「え、いや…、それはちょっと分からないかな…?」



真面目になったり雑談のようになったりを繰り返す野坂の話に戸惑いながら曖昧に答える。
自分が聞いていたのは階段から落ちた事だけだった。
どういう経緯があったかは分からないが、それには彼−鈴木−が関わっていた。これだけでも重要な情報だった訳だが野坂は彼と知り合いだったのだろうか。
聞いてみようかどうか迷っていると野坂は自分から口を開いた。



「実は鈴木君、今度僕らの学校の編入テストを受けるんです。その関係でスポンサーから紹介されて」
「…?!」
「僕らのチーム、メンバーが1人が少し…事情があって出られなくなるかも知れなくて。控えとしてスポンサーが推しているのが彼です」
「推薦って事?凄いな…」
「…実験台として良いカモだったんでしょう」
「? 何かな、よく聞こえなくて。実…?」
「いえ、こちらの話です。僕らの学校では『アレスの天秤』というカリキュラム、というか…トレーニングプログラムがあって。鈴木君はそれが気になっているようでしたね」



うっすらテレビで宣伝が流れているのを聞いた事があるそのアレスの天秤とやらは、サッカーの技術向上に活かせるトレーニングと感情のコントロールの訓練の両方を兼ね備えている所があるそうだ。
普通に聞く限りとても画期的なものだが、野坂は何事もないと言うようにさらっと流すとパフェのクランチ部分を咀嚼する。サク、と小さく軽快な音がした。

同様に名前にとっての衝撃の過去も彼には他の関心事の一部でしかないので、想定外にあっさりと鈴木と話した内容を語ってくれた。勿体ぶられてもそれはそれで困るのだが。



「名字さんと鈴木君の1つ上の学年に素行も実力も論外の先輩がいて、その対応について日頃からぶつかってはいたらしいですよ。彼曰く」
「ちょくちょく喧嘩してたって事だね…」



そしてとある日、この三者で喧嘩に発展して名前は階段から…に至るという事らしい。事実が異なっているのはその上級生の進路やサッカー部へ影響を考えての事だ。
これには周りの大人の介入はないので本来はその場にいた者だけしか知り得ない。
…その場にいても名前には思い出せないが。



「そんな重要な事よく野坂君に教えてくれたね。普通なら秘密にしそうなものだけど…」
「編入しても入部しても、僕に嘘ついたら絶対に試合はさせないって言いましたからね」
「サッカー部の決め事は野坂君に主導権があるんだ…」
「ええ。因みに調べる手立てもあるから隠し事しても分かるからねと脅s…強めに言っておきました」
「そ、そう…」



一切を話せと言われてその通りにする鈴木が従順なのかと思いきや、これに関しては野坂が強かったようだ。
でも、そうまでしてサッカーの試合に出たいと思っている経緯からは聞いていたような荒々しい印象は受けない。
現に野坂の話も聞き入れている。編入も恐らく今の学校では試合もままならないと判断したからだろう。

彼自身に非はあるとしても、今のチームメイトを置いて行きはしてもプレイがしたい。
根底は自分と同じサッカーが好きだという思いからなのだと考えると、それには感じるものがあった。



「さて。ここまでで恐らく、名字さんの知りたい内容はざっくりと説明出来たと思います」
「あ、うん…そうだね。ありがとう、…参考っていったら変だけど、ちょっと思い出せそうなきっかけになったというか」



野坂が名前の事を知っていたのは鈴木に聞いたから。
そして自分が落ちたのは単純に不注意からではないという新たな事実。
ここまで来ると注目すべきは他言無用の秘密事項を自分に話す野坂にどういう意図があるのかだった。



「でも、それって鈴木と野坂君の秘密だったよね。それをまた、どうして私に話してくれたの?」
「話せば僕がやろうとしている事に名字さんが協力してくれる可能性が上がるかなと思ったから」
「協力…」
「身構えないで下さい。前置きしたように無理なら無理と言ってもらって大丈夫なので」
「…うん」
「さっきも言ったように鈴木君は僕らのチームメイトになるかも知れない」



けれど、その性質を野坂は危惧しているという事だった。
感情的になってスポンサーに手をあげ、チームを活動停止に追いやった。
次に同じ事を起こさない保証はない。
何せプログラムで矯正していくにしても期間が短すぎるし、試合や部活以外…プライベートで問題を起こされたら手の打ちようがない。
それに生来の血の気の多さはちょっとやそっとじゃ変わらない。

いかにスポンサーの意向があろうと王帝には今の鈴木は必要ではない。
これが野坂の意見だった。



「なので僕の希望は1つです。彼を王帝に入れるのを阻止したい、ただそれだけ」
「野坂君…」
「名字さん、協力して頂けますか?」
「…」



この事案にどう協力をしろというのだろう。
いや、彼の事だから言う通りに動きさえすれば良い算段を立ててはいるのだろうが…。
要は鈴木の暴力性を推薦者に証明するという事だと思うが、それをした後、今以上に彼の旗色が悪くなってしまいはしないだろうか。
色々因縁があるらしいとはいえ相手の選手生命に追い打ちをかけるような事はしたくなかった。
…彼はただただ、サッカーがしたいだけだろうから。



「あの…」
「はい」
「野坂君の気持ちは分かる。環境が大きく変わりそうな時って凄く不安だし」
「…」
「チームのキャプテンとしてそういう気質の人を迎えるのって勇気のいる事だと思うから」



サッカー部はもはや学校の顔だ。
今 勢いのあるチームなら尚更、他の事で足を取られる訳にはいかないのだろう。
取りまとめるキャプテンの責任は大きく、そんな役目を担った事のない名前にはその気苦労は計り知れない。



「(…でも)」



要因として暴力性だけを挙げるのは何だか不自然に思えた。
自校の看板であるアレスプログラムの有用性を証明するなら、寧ろそういった個性を集めて『更生も出来る』とした方が説得力が出る。
加えて話を聞くと今の鈴木なら『試合に出さない』で部活外での暴力なども抑えられそうだ。だと言うのにそれ程に彼を拒むのは…?
理由は鈴木功助にだけあるものなのだろうか。

野坂には隠す気はないにしても自分に言っていない事がある。
名前は直感的にそう思った。



「−−−…ごめん野坂君。私、すぐに答えが出せなくて。ちょっと考える時間が欲しいんだけど…、返事はすぐじゃなきゃ駄目かな」
「いいえ、編入はまだ予定段階のようなので。あまり悠長にはしていられないけど、名前さんが納得してから答えを下さい」
「…うん、ありがとう」







『後は僕が食べるから大丈夫ですよ』と笑顔で喫茶店を送り出されたのはしばらく前。
甘い味を口に運ぶのも限界が近づいていたし、何より考え事をするには難しい環境だった。
それを察してか野坂が気を遣ってくれたのかも知れない。
まだかなり残っていたが、頼んだ後は友人に手伝ってもらえたりするのだろうか…申し訳ない気持ちもありながら名前は駅前に向かって歩いていた。



「(…『鈴木功助』君…。本当に同じチームだったんだよね…。…うぅ…、全然思い出せない。)」



一番古く、しかし一番最近の記憶は派遣された先で彼にチームへの加入を突っぱねられたものだ。それより昔は遡れない。



「(…困ったな。考える時間が欲しいとは言ったものの、判断材料がない)」



過去の事が思い出せない時、よく『霞がかかったような』だとか『思い出そうとすると頭痛が』などを聞いたりするが名前の場合は本当に『何もない』のだ。
鈴木の事が全然分からないから、暴力性が問と言われてもピンとこない。
だから全くの別チームでやり直そうしているなら応援してあげるべきな気さえしている。
ただ、思慮深い野坂がそうまで危惧しているのであれば彼の性質、もとい手癖は根が深いのかも知れない。

暴力沙汰でチームごと活動休止。

前の中学と同じ事を繰り返させる訳にはいかない。
所属してなくとも頑張っているチームを崩れさせるのは強化委員の本懐ではないのだ。



「ぅー…。(せめて本人と話せたらまだ何となく気持ちが固まりそうだけど…あの時の事を考えたら会っただけで拒否されそうだなぁ…)」
「…ーーーオイ」
「っ?はい?」
「てめぇ、さっき茶店で野坂と話してやがったな」
「…!?」



後ろから声をかけられ、振り返ると見た事もない少年が自分を見下ろしている。
褐色の肌に流した銀髪から見える眼光がギラリと敵意を剥き出しにしていた。
−−−…どこかで会った事がある。
そんな気もするけれど、恨まれる様な事をした記憶はない。



「ごめんなさい、誰だろう?」
「…俺の事はいいンだよ。ちょっと面貸しな」
「っえ…!?」



ぐっと腕を引かれると近くの細い路地に引き込まれる。
何事かと目を白黒させているとそのまま壁に押し付けられた。
乱暴なりに気を遣っているのか、大して痛みはない。その一方で威圧感は凄かった。



「…奴と何話してた?」
「え?…、…−−−知り合いの部活について」
「あぁ…?」



嘘は言っていない。ただ見ず知らずの人間にありのまま全てを話して良い訳がなかった。



「んな訳ねぇだろ、そんな平和ボケした話をアイツがするかよ」
「野坂君が日常でどういう話をするか私は知らないけど、
 知りたいなら本人に直接聞いた方が早いんじゃないかな…」
「うっせぇな、そんな事は言われなくても分かってる!
 だがな、聞いた所で素直に答える訳ねーだろが!
 クッソ、鬼道が贔屓にしてるからどんな冴えた奴かと思えば…」
「鬼道君…?」



パッと知った名前が耳に入り思わず反応する。



「…あっ!『灰崎凌兵』君、だっけ!?」
「…知ってたんじゃねぇか、さっきのは嘘かよ」
「ごめんね、ユニフォームじゃなかったから分かんなかった」
「はッ、どーだか」



そう言えばこの前の試合に出ていたのを観たのだった。
鬼道も傍についていてくれた雷門と星章学園の対決はとても集中して観ていたとは言えなかったが、それでもその得点力と存在感はしっかり印象に残っている。



「えーと…灰崎君は野坂君の話の何が聞きたかったの?」
「別にアイツ自身の話はどうでもいい。俺がしたいのは『アレスの天秤』の話だ」
「私もあんまり知らないけど…」
「お前、あれがどんなもんかも知らないで話してたのかよ!?」



至近距離で凄まれると僅かに気持ちが竦む。でも後ろは壁なので退く為のスペースは無い。気圧されつつ『そうなの。期待に添えなさそうかな』と返す。



「…お前、王帝にスカウトされてんじゃねぇのかよ。だから野坂とサシで話してたんだろ?」
「スカウト?ううん、別に」
「…本当に、アレス天秤が何か聞かされてねぇのか」
「トレーニングプログラムだっていうのは聞いたけど…」
「トレーニング、ねぇ…。よく言いやがるぜ野坂の野郎」



苦虫を噛み潰したような顔をして灰崎が吐き捨てた。
彼らが一体どういう間柄なのかは分からないが少なくとも仲が良いという訳ではなさそうで、詳しく聞けば高確率で地雷を踏みそうだった。



「あの…」
「…オイ、バカ女。この際だからついでに教えておいてやる」



馬鹿だなんて酷い、瞬間的に思ったものの大事な事を言う様だから口を噤んだ名前を気にも止めず灰崎は続ける。



「よく覚えとけ。アレスの天秤はな、世間が言ってる様な大それたモンじゃねえ。ーーーあれは…廃人を増やすだけの欠陥品だ」
「…!?」



建物の狭間に見えていた青空がいつの間にか雲に覆われていく。
それが路地に陰を落としたせいか、灰崎の言葉はより一層 冷たく重いものに感じられたのだった…ーーー。












*****
(2019/11/19)


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