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まだ来ない夏のせいにして(鬼道/アレス)

−−−体が怠い。

GWも終わった5月の中旬。
これからが帝国サッカー部にとって大事な予選リーグが始まると言うのに…ここ最近、やたらと気力が湧かない。
自分はマネージャーなので選手よりも負担は軽い筈だが、一体何故。

「(はぁ…五月病ってやつかな…?もうそんなこと言ってる時じゃないのに…)」

明日は練習試合。
いつもは夕暮れ時まで続く練習を調整程度に収め、早めに解散となった。
監督不在の今は全てが自分たちの裁量に任されている。
やや練習が足りないと感じたのだろう、佐久間や源田は居残りをしているのを見た。
名前は疲労感を拭えず、申し訳なさを感じながらも早々に帝国学園のスタジアムを去った。

要塞のような校門をくぐって外へ出るとジリジリと強い日差しが注ぐ。
しばらく前まで麗らかな春の陽気だったのに、そんな事まるでなかったような気温。
もはや梅雨を通り越して夏を感じる。

「(もしかして凄い早めの夏バテ、とかかな…)」

もうすぐ駅、という所でとうとう足取りが重くなってくる。
いつもはもっと元気なのに、忙しい合宿もこなしてきたのに…日が長くなり、明るい帰路に何だか頭がクラクラするようだ。

「(…−−−あ、駄目だしんどい)」

このまま倒れ込むより一度座り込んだ方が頭を打たないで良いだろうか、と膝を折りかけた。

「…−−−名字!!」
「っわぁ!!?」

後方から剣幕な声色で呼ばれ、且つ腕ごと引っ張り上げられる。
驚きからか、力のなかった自分の喉からもそれなりに大きな声上がった。
支えられた腕の方を見るとそこにはかつて憧れた人。

「き、鬼道君…?」
「大丈夫か?」
「えっと、うん。大丈夫、ちょっとふらつきかけたからしゃがもうかなと思って」
「…なるほど、賢明だな。だがこの焼けたアスファルトよりは別の場所にした方が良い」

『もう少し歩けるか?』と問うてくる鬼道に名前は頷いた。
これまで殆どなかったくらいに近い距離に心臓がドッドッと速く脈打っている。
暑くて敵わないのは変わらないが人前だからだろうか、先程より背筋と意識がしゃんとした気がした。



「−−−ご注文は以上でお揃いでしょうか?」
「はい」
「ご確認ありがとうございます。では、ごゆっくりどうぞ!」

店員と鬼道のやり取りの前にを隔てるのは残りの少なくなった水のコップとソフトクリームの乗ったティーフロート。
鬼道はコーヒーフロートにしたようだ。色が自分のものより黒い。

「(鬼道君と一緒に歩いてたら全然平気になってしまった…。何だったんだろう)」
「…熱中症かとも思ったが、そうでもないみたいだな。軽い脱水だったか?」
「あの、ごめんね心配かけて…。もう平気だよ 多分…」
「外れて良い予想だ、謝る必要もない」

スプーンでソフトクリームを一掬いしながら鬼道が軽く笑った。
涼しい所へ、と考えて連れてきてくれたカフェは丁度2人席が空いていた。
名前もクリームが緩くなってきたティーフロートに口を付ける。
濃厚で甘い。冷たくて舌を思いっきり刺激するのに、心はやけにホッとした。

「帝国の皆は元気か?」
「うん、この間合宿もしてね。今までと比べても負けないくらいハードな練習だったけど…皆頑張ってこなしてた。
明日も練習試合組んでるんだよ」
「そうか。それで今日は調整だったから名字がこの時間に外にいるんだな」
「…うん」

今は佐久間がキャプテンを務め、源田や辺見、後輩では成神がサポートして新しい帝国学園を引っ張っている。
監督こそまだ決まっていないけれど、スポンサーとして鬼道重工が付いてくれることは決まっているのできっと時間の問題だ。

「(皆頑張っているのに、私…。体調不良なんて駄目だなぁ…。
どうしてこんな感じになっちゃったんだろ…)」
「どうした?浮かない顔だな」
「あ、いや…!
5月病か早めの夏バテかなって思ったけど、鬼道君と会ったら治っちゃったなって!
気合が入ったのかな?鬼道君、カンフル剤みたいだね。不思議」

そう言えば、去年鬼道が雷門中学に編入してから全く会う事がなかった。
世宇子中との試合で勝利を収めたら、また帝国に帰ってくるものだと思っていたからがっかりしたのを覚えている。
どうしてそんな風に思ったのだろう、編入はそんなに簡単な制度ではないというのに。

「今は、鬼道君は星章学園?にいるんだっけ…佐久間君が言ってた」
「あぁ、そうだな」
「強化委員の話が出て、豪炎寺君が木戸川に戻ったって聞いたから、私実は鬼道君も帝国に来るのかな…って思ってたんだ。
でも違ったね、ちょっと残念…」
「ちょっとか、それは俺も残念だな」
「あっ、いや!ちょっとっていうか、凄く残念だけど仕方がないって言うか…!
それで私達も諦めがついて、自分達で帝国学園を強くしようって団結出来たというか!」

あぁ、自分は何を言っているのだろう。
これでは鬼道が来なくて良かったと強めているようなもので。
今だって鬼道に戻ってきて欲しい気持ちは凄くあるのに、上手く言葉に出来ない。
必死になればなる程に空回っていく、正に今の部活の状況の様だった。

「…」
「(あぁ、鬼道君ゴメン…。どうか傷つかないで、私の言い方が変なだけだから…)」
「−−−…足されるにしろ引かれるにしろ、」
「?」
「どんな形であっても、新しい風が吹くのは大事な事だ。
俺もそれは星章学園で身に染みている」
「鬼道君…」

彼は彼で、新しい環境に身を置いて多忙や悩みがあったりするのだろう。
言葉から僅か垣間見たそれは名前にとって もどかしい。
同じ学校だったら聞いてあげたいのにな、と。

「あの、何か悩んでたら言ってね?
私で良ければ話はいくらでも聞くし!」
「と、そんな様子で部員大勢に世話を焼き続けてキャパオーバーしたんじゃないか?」
「えっ?」
「表立って部を立て直してくれているのは佐久間達だろうが、裏方のお前にも相応な負荷がかかっているという事だ。
一生懸命なのは名字の長所だが、倒れる前に自分で気づいて休めるようにするのが今後の課題だな」
「…!」

そう言って名前のスプーンを手に取り、ソフトクリームを掬って口に入れ込んだ。

「き、鬼道君…!」
「緩くなってしまったが、まだ食べられるか?」
「いや、美味しいけどもね…!溶けきる前に教えてくれてありがとう、後は自分で食べられるから…っ」



いわゆる「はいあーん」の変化系を体験して戸惑うばかりの名前に『では、スプーンは返しておこう』と鬼道は口元を緩めた。


恋人同士の様なやりとりに、体から火が上がる程に恥ずかしい。


「(こんな事されたら勘違いしそうだよ…)」


神様か仏様か、何かしらからのご褒美だろうか、部活頑張ったから?
こう言うのは心臓がもたないのでもっと別の形にして欲しい。


「(というか、鬼道君は尊敬というか憧れているんであって…)」


恋愛感情じゃない…筈だ。少なくとも前はそうだった。
それでも跳ね上がった心拍を嫌ではない自分がいる。


「(うぅ、ほっぺた全然冷めない…)」
「どうした、怪訝な顔になっているが?」
「なっ、何でもないけど…、その…」
「?」
「…食べさせてもらうのはちょっと恥ずかしかったかな…と…」
「…、気に障ったか、済まなかった」
「いやいやそんなんじゃないよ!寧ろ嬉しかったよ、恋人同士みたいでドキドキしちゃった!
でも鬼道君は格好良いからああいうのは乱用すると私みたいに勘違いする子もいるからここぞという時に使った方が良いよっていう話であって…!」
「…」
「あー、ごめん!!自分でも何言ってるかわからない…!私、今 大混乱してる…」
「…別に勘違いはしていない」
「ですよね…うん…、…え?」
「…誰彼構わずあんな事やる訳ない、と言っているんだが」
「…っ」


鬼道の表情はからかっている様子でもなく。
ただ事実を述べて名前の反応を伺っているようだった。



「(そ、んな事…言われたら…)」


余計にどうして良いか分からなくなってしまう。
ただただ、あつい。頭が熱に浮かされたようにクラクラとしてきてしまう。
さっきまでの症状がまた出て来たのだろうか。


「(私、鬼道君の事ーーー…?)」


本当に、ほんとうに?
勘違いではなく…?
太陽の熱に思考が焦がされただけではなく、真に自分の気持ちなのかが疑わしくて自問自答する。

あれだけ眩しくて遠い人だった彼の言葉。
きちんと あるいは正しく、自分は受け止められているのだろうか。


「(今、思ってる事そのまま言ったら…どうなっちゃうんだろう)」


自分の気持ち、鬼道の気持ち、そしてこれからの2人の関係性。
どうあっても今までと違う形になるのは確かだけれど、それを躊躇する気持ちといっそ感情を一手に伝えてしまいたい心がひしめきあう。


「…名字」


しばらくの静観の後、気遣わしげに鬼道が言葉をかける。
いつも切り出してくれるのは彼の方だ
『戸惑わせて悪かったな』と言わんばかりの声色は名前をハッと我に帰らせた。

ーーーそしてぐらりと片寄る、天秤の秤。


「(ああ、ごめんなさい鬼道君。
鬼道君みたいに上手く話せないかも知れないけど、私が言葉にしてみて良いかな…?)」


勘違いではないと言うのなら、そう、思い切って言ってみよう。
それでめちゃくちゃになってしまったら、それこそこの熱さのせい。
まだ来ない夏のせいにしてしまえばいい。


「あの。鬼道君、私ね…ーーー」





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(2024/5/13)

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