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夕陽に揺れる(一星充/オリオン)

鬼道有人や円堂守の一時離脱があってから、イナズマジャパンの連中はあからさまに俺と距離を置くようになった。

警戒しているのだ。
オリオンの使徒である俺に不用意に近づけば使い物にならない怪我を負う可能性がある。
勿論、そう指令が出ているのだからこちらもそのつもりだが…やり辛さはある。

誰も彼もが円堂守や稲森明日人の様に呑気だったら簡単なのだがそうもいかない。
次はどう動くべきか…。

そんな風に俺がチーム内を見定める中、監督がわざとらしく困った声を出した。



「オヤ〜、毎日食べるのを楽しみにしていたオヤツが終わってしまいましタ…。誰か買いに行ってくれませんかねェ〜」
「「「…」」」



しかし、厳しい練習で体力を使い果たした後の選抜メンバーに立候補者がいる訳もなく。
マネージャー達も変な輩に絡まれた先日の例もあり、出来るだけ不要の外出は控える様にしている…まぁこれは俺が準備した事ではあるので普通にしていれば起こり得ない事ではあるが。

大体、そんな下らない用件の買い物に行きたがる者が居る訳もない。
というか自分で買いに行けよ…そんな空気さえ漂っている空間。

それをぶち破るのは本人以外の誰でもない。



「じゃあ…一星君、行って来て頂いてもいいですカ?」
「っえ!?」
「おや、君は練習参加してなかったから、体力有り余ってマスよね?
運動がてら、ちょっと行ってらっしゃ〜イ!」
「っは、良かったなぁ一星。暇つぶし出来んじゃねーの」
「…」



何も良くはない。
小馬鹿にしたような笑い方にカチンときたが相手にするだけ無駄なので大人しく『分かりました』と言っておいた。



「あっ、でも〜、1人じゃ危ないかも知れないので誰か一緒に行ってくれませんかねェ」
「一星だけなら別に危険はねぇだろ」
「寧ろ一緒の方が危ないんじゃ…?」
「そんな事分からないじゃないですカ。ンー…誰かいませんかねーっと」



きょろきょろと見渡す仕草をする監督はその場にいたメンツは総スカシを食らう。
当然と言えば当然だし、別に俺も連れなんて要らない。面倒臭いだけだ…。
でも選ばれた奴が居たら居たで個別に潰せるだろうか。
そう思っていた矢先だった。



「お疲れ様です〜。監督、用具の片付けと消耗品のチェック終わりましたよ」
「お〜、名前サーン!丁度良い所に。
もしお疲れでなければ、ひとっ走りお使いを頼まれてくれませんカ?」
「いやいやいや!そりゃ名字が危ねぇよ監督!」
「えぇ…でも剛陣君が行ってくれる訳でもないんでショ?」



監督が突き詰めると、ぐっと言葉を詰まらせる。
対して状況を掴めていない名字はきょとんとしている。



「名前サン、一星君とお使いは嫌ですかネ?」
「? いえ、別に」
「名字さん!?」
「そうですかア、良かった良かった!じゃあちょっとお菓子を買って来て頂いても?」
「いつも監督が食べてるのですか?」
「そうそう、アレですアレ」
「分かりました。じゃあ一星君、行こうか」
「…、ハイ」



このマネージャーだって周りから言われて俺の事はオリオンの使徒だと疑っている筈だ。
なのに、どういうつもりだ…得体が知れない。
腹の中が分からないまま、名字と俺は監督の下らない使いをすることになった…−−−。







「…ーーー 一星君、お疲れ様」
「別に、疲れてません…」
「そっか、さすが日本代表。体力も私とは桁が違うのかなぁ」
「…」



嘘だ。本当は疲れた。身体ではなく、精神の話だ。
普通に買い物するだけで終わる予定だったのにこの名字ときたら、泣いている迷子を見つけて交番まで送るわ、大荷物で困っている高齢者を手伝うわで寄り道しかしなかった。
挙句、仕込んだ訳でもない不良に絡まれて狭い路地を全力疾走する事になり、更に向かった先のスーパーに指定の菓子がなくて、数駅離れた店にまで探しに出る始末。

辛うじて物を買うには買えたので後は帰るだけではあるが、本当ならこんな事をしている間にイナズマジャパンの1人でも戦力を削れたかも知れないのに…もう散々だ。

とてもとても疲れた。



「…やっぱり疲れてるように見えるけどなー」
「っわ!?」
「すぐそこのお店で買っちゃった。良ければどうぞ」
「…どうも」



ベンチに座りぐったりと項垂れていた俺の頬に、ピタリと冷たい何かが当たる。
俺を驚かせたのはカラフルなカップに充填されたテイクアウトドリンクだった。
視線を上げると、名字が俺に悪戯っぽい笑顔を向けている。

それがふと、弟のそれに重なった。そう言えば、昔は光がこうやって悪戯をしてきたものだった。
『兄ちゃん、お疲れ様っ!あのシュート凄かったね!』と声が俺の内側から響いてくる。
その時俺は、一体何を想って『光…驚かせるなよ』と返したんだったか。
出来事自体は覚えているのに全く記憶がない。自分で思った事の筈なのに、何故だろうか。



「今日暑いねぇ、喉渇くー」
「…」
「ミックスジュース嫌い?」
「…どちらでもないです」



これを気遣いだと称する奴もいるが、俺は引っ張りまわした『お詫びの品』としか受け取れない。
我ながら可愛くない発想だ、ほんの僅か思いかけて『いやそんな事ない、それだけの事をされている。そう思うのは当然だ』とバツの悪さを掻き消す。
そんな俺を他所に『そっか。嫌いじゃないなら、まあセーフかな?』と名字はまた笑った。
別に敵意を向けられている訳でもないのに、俺はこいつを見ていると胸が詰まる…気がする。



「(本当に、何なんだコイツ…)」



名字名前、このマネージャーの1人は普段から忙しそうに動き回っていた。
有能である程に駆り出される事が多いとは外からの解釈で、その実 都合良くこき使われているだけなのだと俺は思っている。
その点は何だかオリオンにおける俺の立ち位置と似ていて吐き気がした。
所謂、同族嫌悪と言うやつだろう。
そんな事もあって俺は取り入ろうと試みた事はない。
他のメンバーとは親し気に話しているのはよく見るが所詮はマネージャー。
潰した所で勝敗に大きな影響は出ない。

けれど、今日関わって分かった。
これは…出来るだけ近寄らないようにしなければいけない人物だ。
話していると、視界にいると、一挙一動が気に障る。
小さい頃に楽しかった記憶が惹起されたり、今 自分がしている事がどうしようもなく虚しくなる。
善意だとか親切だとか、過去には当たり前だった筈で今では無縁になってしまったものに触れると例えようもなく苦しい。



「―――…一星君?大丈夫?」
「…あ…」
「顔色悪い…って今日振り回したからか、ゴメンね」
「いえ…」


歩ける?と名字は手を差し出してきた。
さっきまでの俺なら平気でふいにしていただろうその手から目を反らせない。
目を合わせると名字の心配そうな瞳が俺を映していた。
その中にいる俺は…、なんて、なんて情けない顔をしているのか。
見るな。お前が俺を見ると弱い自分が嫌でも視界に入ってきてしまう。



「(…何で、こいつは)」
「やっぱり元来た道帰るのは辛そうだね。ちょっと待ってて、監督にタクシー使って良いか聞くよ」
「…、…何で」
「ん?」
「何で、名字さんは俺に構うんですか。知り合ったばかりの、他人じゃないですか」
「何で?…うーん、何でだろう?分からない、別に知らない人でも困ってたら助けようと思うし」



そう言えばそうだった。
今さっきもそれで俺は疲れていたというのに、つまらない事を聞いてしまった。
こいつには損得とかそういう概念は存在しないのだろう。
行動理念に理由なんてない、脊髄反射で慈善活動が出来るのだ。
こんな名字を、まるっきり反対側にいる女を、俺はどうして同類だなんて思ったのだろう。



「でも一星君は特に放っておけないかな。だって仲間だし」
「…!?」



今、名字は何と言ったのだろう。
聞こえてはいる、でも馴染みのない単語過ぎて理解するまでにとんでもなく時間がかかった。仲間?

…仲間だなんて、こいつは俺が怖くないのだろうか。

合宿所を出る前も他の奴らは心配していた、俺が名字を傷付けるかも知れないと。
それが分からないくらいの馬鹿ではない事は知っているし、何がそう言わせるのかが分からなかった。
憐れみだろうか、だとしたら屈辱だ。
オリオンの戦士は畏怖されるくらいでなければ務まらないと言うのに…自分より弱い、選手でもすらない奴に俺は…―――。



「サッカーが好きで、その好きを突き詰めた先で会えた仲間だから。助け合うのは当然でしょ?」
「…サッカーが、好き…?」
「? うん。だって選抜に選ばれるってセンスだけじゃ無理だし練習するにしたって好きじゃなきゃ続かない。嫌いな事じゃここまで上がって来られないよ、きっと」



『それなら選抜の人たちはやっぱりサッカーが好きな仲間でしょ』と言い切った。
言っている事は素っ頓狂ではないし確かにきちんと組み上がっているように思う。
ただ、今の俺にとっては練習も試合も調整も生きる為の機械的な行為だ。
そのオートマティックな過程に好きだ嫌いだの感情はない…俺の中にはもうサッカーが好きだった時の気持ちはないかも知れない。

それを告げても尚、名字は俺を仲間だと受け入れるつもりがあるのだろうか。
―――…無理だ、有り得ない。



「そういうの、余計なお世話なので。…迷惑です、もう放っておいて下さい」
「えー…」
「後タクシーも要りませんから、俺はそこまでひ弱じゃない。さっさと帰りましょう、名字さんに付き合っていたせいで日が暮れそうだ」
「…そっか。大丈夫ならこのまま帰ろうか」
「だからそう言ってるじゃないですか」



俺の前に立っていた名字を押しのけて帰路へと足を進める。
手酷く突っぱねたのに、大した文句を言うでもなく名字の足音が少し後ろに続くのが聞こえた。



「(俺は…お前の仲間なんかじゃない)」



正義感よろしく矯正しようだなんて偽善者ぶるのも大概にしろ。
俺はオリオンの使徒、『真っ当』を棄てて財団の指示で動く事でその庇護を受ける。
オリオンの意向と権力こそが正しいのだと、そう信じて進まなくては生きていけない。
俺も、きっと光も。

だから名字や他の奴らに絆されてはいけないのだ…決して、絶対に、だ。



「…ねぇ一星君」
「…」
「それでも、もし力になれる事があったら言って」
「…っ」



名字の言葉に一旦足を止めて振り返る。
落ちて来た赤い夕陽に辺りも名字一緒くたに染まっている。
いつもより眩しい暖色が、いつもより少し寂し気な名字の顔を照らす。
その光景が、何故だろう、じわりと俺の眼に焼き付いていく。



「約束」
「…、しません。約束なんか、そんな事…」



俺に関わり続けるつもりなら、きっと名字は近い内にオリオンの犠牲になる。
そんな約束するだけ無駄だし、出来る訳もない。

『ねぇ一星君』

どうせ消えて無くなるような奴の事、覚えている価値もない。忘れて良い。良いんだ…。

『約束』

そう思う気持ちと裏腹に、名字と名字の言葉は深く俺の心臓に刻まれていったのだった…―――。










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(2020/5/18)

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