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エンゲージリング(鬼道/GO)

『イタリアに行く。自分の実力がどこまで通用するのか試したい』

そう告げられた時、大して驚いていない自分がいた。寧ろ驚くほど冷静だった。
いつかこんな瞬間が来るんだろうなって、薄々思ってたからかな。


中学の頃から天才ゲームメイカーと呼ばれてきた鬼道君。
居心地が良くていつの間にか当たり前のように隣にいて、鬼道君もそれを許してくれた。

漫画やドラマのように激しかったりキラキラしていたかと言われれば、そうではなかったかも知れないけど…彼と過ごす優しい時間が何よりも好きだった。

けれど ついに袂を分かつ時が来たのかもしれない。
そもそも、彼の実力は折り紙付きでそういった話が来ない事の方がおかしい。


『そっか…。でも、鬼道君ならどこまでも行けるよ。応援する』


自分もこれまでサッカーを続けてきたから分かる。
海外からオファーがあって、それを受けられる環境があるのはとても稀で幸せな事。

絶対に寂しくなるけれど、気持ちも決まっている人に「行かないで」なんて
言えないし、言わない。



『いつ行くの?見送りに行きたいな』



***



そうして、ついにその日はやってきた。

見送る事は決めていたけど、いざその時となると憂鬱な気分が勝ってきてしまう。
とは言え絶対に遅れたりしたくないので、早めに空港に行き、時間まで展望デッキで飛行機の離着陸を見つめる事にした。

大きな鉄の羽が空の彼方へ消えていく。
ああいうのに乗って鬼道君はイタリアへ旅立つんだなぁ。


「(円堂君たちも来るって言ってたから泣かないようにしないと…。恥ずかしいし…)」
「…―――名字」
「!」


聞きなれた声に振り向くと、見送るはずの人がそこにいた。鬼道君だ。


「えっ、鬼道君どうしたの?時間までまだまだあるよ?」
「それはこっちのセリフだ…と言いたい所だが、実は期待して早めに来た」
「期待…?」
「名字なら早く来て、待っていてくれるだろうと思っていた」


ふっと穏やかに笑うと、隣に来てくれた。
鬼道君は全部お見通しだったようで、流石としか言いようがない。
伊達に何年も一緒にいないって事なんだなと一人感心してしまう。


「(でも、展望デッキにいるかどうかまでは分からないよね…。探してくれたのかな)」
「…」


チラリと彼を見ると視線が絡まって、そっと肩を抱き寄せてくれる。
ここは風が強くて少し寒いから、触れた場所がじんわりと温かくて心地良い。

きっと鬼道君だからそう感じるんだなぁ。

こんな風に優しく体を寄せてくれる事も当分ないのかと思うと、無性に寂しくなってしまった。


「…鬼道君。私、お餞別…って程のものでもないけど、プレゼント用意したんだ。受け取ってくれる?」
「断る理由もないだろう。…開けてもいいか?」
「うん」


『春奈ちゃんと選んだんだ』と添えて、プレゼントのサングラスを渡した。
影山さんとの思い出のあるゴーグルも勿論使うんだろうけど、気分を変えてみるのも良いんじゃないかなと。

白いフレームに新緑色のグラス。自分自身では使わないからよく分からないけど、光や紫外線の遮断率が良いらしい。


「―――…良いな、コレ」


まじまじとサングラスを手に取って、観察して。出た言葉は感心したような呟きだった。
社交辞令じゃなく本当にそう思ってくれているのだろうと分かって安心した。

「大切に使わせてもらう」
「気に入ってもらえたみたいで、良かった〜」
「…―――名字、俺からも渡したい物がある」
「え?」

鬼道君がそっと取り出したのは小さな箱。綺麗に包装されたリボンを無造作に解いて箱を開けると清楚なリングが埋め込まれていた。
それが分かった時、一瞬頭が真っ白になる。

これは、私が貰って良い物なのかな…?


「左手を、貸してくれないか」
「えっ、う、うん…!」


優しく私の左手を掬って薬指にそれをはめてくれる鬼道君。行為の意味は分かるのに頭の理解が追い付かなくて、ただ おろおろしてしまう。


「はめる分には丁度良い感じだったが…痛くないか」
「…うん…。全然痛くないよ。ピッタリで、凄いって思うけど…!」


嬉しくて堪らないのに、言葉が見つからなくて歯痒い。
こういう時はなんて伝えたら良いのだろう。


「…―――私でっていうか、その…薬指につけても、良いの?って…」
「当たり前だろう?俺がいない間の虫よけなのに、お前以外に誰がつけるんだ」
「〜〜っ鬼道君…!」


思わず抱き着いてしまった。
だって、体が勝手に動いてしまったのだから仕方がなかった。

感極まるってこういう事を言うんだね。言葉では知っていたけど体感するのは初めてかもしれない。


「すき…、好きだよ、鬼道君…!」
「知っている。だが、改めて言われると嬉しいものだな」


嬉しい。幸せ。でも一方で寂しい。悲しい。ごちゃごちゃになった感情をほったらかしにすれば自然と涙が溢れてくる。鬼道君はそんな私を抱きしめ返してくれた。


「ふ…、うっ…、ごめんね、スーツ濡れちゃう、から…」
「別に構わない、減るもんじゃないだろう。それに…俺がイタリアへ行く話をしてからずっと浮かない顔だったからな。始末をつけるのが俺以外なんて許せる訳がない」
「あ…、隠してるつもりだったのに、バレちゃってたんだねぇ…」


聞けば大抵は普通を装えていたらしいが、ふとした瞬間にボロが出ていたらしい。
でもそんな細かい所を見逃さないのは鬼道君だけじゃないかな、なんて返すと小さい子に言い聞かせるようにお小言が返ってきた。


「名字は詰めが甘いんだ。…―――だから、俺以外には付け込まれるな。その為のエンゲージリングだ」
「…、うん…」
「…愛している、名字。まだ世界では無名の一選手だが…実力も自信も兼ね備えて、必ずお前を迎えに行く…それまで待っていて欲しい」
「うん…っ、嬉しい、鬼道君…!日本から沢山応援してるから…、いっぱい活躍してね!」
「ふっ…、やっと笑ったな」


『俺が一番好きな名字だ』と言って笑った鬼道君とキスをして、フライトの時間まで私たちは幸せなひと時を満喫した。

















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鬼道さんにとってこの場面で重要なのは夢主の気持ちを引き出す事なので
指輪の渡し方は結構大雑把と言うか雑に…と思いながら書きました。
本来は描写もっと大事にしたいですよね…!

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