あなたを見つめて

※さくら様より誕生日プレゼントに頂きました!






あ、まただ。

ぱちんぱちんと弾く算盤の珠がぶつかる音が響く。
ふと顔をあげると、あなたが見つめるその先に、偉大な先輩の姿。

ああ、そうだよな。僕も尊敬しているし。思わず見ちゃう。

あなたが綺麗に微笑むその理由が先輩の存在だとしたら僕は。
…どうしたらいいんだろう。


でも

いつか先輩が卒業されたら、その微笑みを守るのは自分でありたいと、ぼんやり考えていた。












「田村先輩!どういうことですかっ」

会計委員会の使用している部屋には、帳簿の山と算盤が雑然と置かれ、連日連夜の修羅場の跡が見て取れる。
駆けこんできた団蔵と左吉は息も絶え絶え、三木エ門に走り寄る。

「何の騒ぎだ。お前たちも二年生。先輩になったというのにみっともない」

「す、すみません。あの、先輩!先ほど安藤先生に伺いました。どうして会計委員会に六年生がいらっしゃらないんですか?聞けば田村先輩が委員長再編をお断りになったって…」

左吉の言葉に、徹夜続きの疲労のたまった顔ながら見るものを惹きつける笑顔で薄く微笑む。

「もちろん、私も先輩方は尊敬している。しかし、われわれ会計委員の先輩は…潮江先輩だけだと思っている。潮江先輩が卒業された今、先輩の残されたものを受け継いだのは、われわれだと自負しているのだ。もちろん、あの方々の追及をかわして予算配布を進めなければならないのは大変だろうが…お前たちも成長しているし、やってくれると信じているよ」

団蔵と左吉に向って晴れやかな笑顔を見せる三木エ門に、それ以上何も言えずに佇む二人だった。

「それに…いや、なんでもない」

今日は早く帰って休め、と二人に声をかけ立ち上がると、そっと部屋から送り出す。
口々に『おやすみなさい』『先輩も早くお休みください』と言いながら出ていく二人の背中を見つめ、ふとため息をついた。

五年生となって会計委員を束ねる立場となって二か月。四苦八苦しながらもなんとか運営してきた委員会だった。文次郎がいた時ならばなんでもなかったことも、すべて自分の手で解決しなければならず、文次郎の存在の大きさを今更ながら思い知らされる。

「潮江先輩…」

頬を机に押し付けると、軽く目を瞑った。どうしようもなく不安な気持ちに押しつぶされそうで、ずっと口にできなかった文次郎の名を呟く。途端に感情が流れ出しそうで必死に堪えようと歯を食いしばった。


下級生ばかりの委員会。ひとつ下の左門とてやっと上級生の仲間入りをしたばかりだ。

「私は」

どうしたら。





「…田村先輩」

不覚にも呼びかけられたところでやっと戸口に佇む気配に気づく。

「左門」

顔を上げると戸口から顔をだした左門と視線が合う。相変わらずそこらじゅうを駆け回っていたのか薄汚れた出で立ちだったが、妙にさっぱりとした顔で部屋を覗き込んでいた。

「お手伝いすること、ありますか?」

左門の申し出に頭を振ると、休ませていた筆を手に取る。

「いや、大丈夫だ。早く部屋にもどれ」

その言葉を聞いていたにもかかわらず、ずかずかと侵入して三木エ門の目の前まで来ると、すっと掌を差出し、頬を撫でる。

「なっ何をしてっ」

「田村先輩、痕ついてます」

左門の言葉にあわてて自分の頬をこする。その時初めて、自分が涙を流していたことに気付いた。

「…っなんでもないっ」

「田村先輩」

左門は視線を合わせるように三木エ門を覗き込むと、その手を取る。

「左門、はなせ」

「田村先輩」

真摯な瞳と切羽詰った少し震えた左門の声に圧倒されて、口を噤む。

「あなたの涙の理由がなんだったとしても、僕はあなたと共にいる。心配しないでください。あなたは一人じゃない。」

「左門…」

握った掌に力を込めて、左門の大きな笑顔を見つめる。
先ほどまでの不安が嘘のように晴れていくのがわかった。どんな困難があったとしても、乗り越えられるような予感と危惧するのが馬鹿らしいくらいの安堵感。

「…左門のくせに偉そうになったものだな」

口をついて出るのは憎まれ口だが、感謝の気持ちを込めて、微笑んだ。

「今潮江先輩直伝の鍛錬をしてるんです。ただ迷子になっているわけじゃないんですよ。大丈夫。会計委員会は大丈夫ですよ。」

彼らしい、輝く笑顔で言い放たれると、そんな気がしてくるから不思議だ。
昔からそう。なんの根拠もない自信だけれど、真っ直ぐな、きれいな目をして。

「…左門」

「はい」

「ありがとう」

「はい」

大丈夫、大丈夫

これからも、大丈夫。







今でもあなたはの目にうつるのはあの人なのかもしれない。

いくらあの人のように鍛錬して強くなって、あなたを励まして、共にあろうとしても、自分はやはり後輩でしかなく。

あなたの頼れるものになれるかといえばそうではないのかもしれない。

でも、それでも

あなたの隣に立てる自分になるために。

いつかあの人に向けていた笑顔が自分に向けられる日がくるように。

これからも、守っていきたい。



あなたを見つめて








END









mokuji



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