寒梅

カタカタと隙間風の入る格子窓をそっとあげて空を見上げたきり丸がぽつりと呟いた。


「あ、雪だ…」




寒 梅





「雪かぁ、道理で寒いわけだ」


家の中だというのに、冷え切った空気が頬を撫でた。我が家にはドケチと名の付くきり丸が居るため火を点けることも出来ない。
そんなことは分かりきっているから催促もせず、黙々ときり丸の内職に手を動かしていた。


「先生、」
「んー?」
「火、点けます?」


えっ、と思わず声を漏らすほど弾かれたように手元から顔を上げると、目を逸らしてそそくさと火の準備をするきり丸の姿。


「いいのかっ?」
「おおおれも寒いんです!それに、」
「それに?」
「そんな顔で居られちゃ気になっちゃいますからねっ」


まだアルバイトいっぱいあるのに風邪でも引かれたら困ります!

と、早口で言うきり丸を見ながらそんな顔ってどんな顔だ?と首を傾げていたら、火を点け終わったきり丸がビシッと指を差して、

「鼻、真っ赤!」


と指摘されああ、なるほどと納得した。


「ありがとうな、きり丸」


私のためだと思うとなんだか嬉しくて頬が緩んでしまう。
当のきり丸もいつも通り、べ…別に、などと口ごもっているが礼を言うと少しだけ頬を緩ませた。

まったく本当に、優しく育ってくれた。
と最近思うことが多くなってきた。
昔から優しい子ではあったが、やはり出会った頃は角があって、小さな棘もいくつかあった。生い立ちのせいでもあってそれは仕方のないことだった。
だけどそれがすっかり削られていったのはやはりあのは組の中で育ったからだろう。

小さかったきり丸。
それが今目の前にいるきり丸は当たり前だが誰が見ても成長している。

それは喜ばしいことなのに、優しく育ってくれて嬉しいはずなのに、何だろう。
あの格子窓のように隙間をぬって胸の内側に冷たい風が入ってくるのを感じてしまうのだ。
これが親の心境なのかという問いも全く持ってしっくり来なくて、私はいつも考えるのをやめてしまう。
………というより、考えてはならないと呪文のように繰り返す。
そうしていないと、駄目なのだ。
その答えを見つけて、確信してはいけない。
溢れ出してしまわぬよう、ずっとずっと、蓋をして…―――。



「お前たちも、もう五年かぁ」


手を動かしながら呟いたのは独り言だったけれど、突然何ですかー?と同じく手を動かしながら返ってくる会話。
いつもと変わらないことなのに、さっきので冷えた胸のうちがじわじわと温かくなっていく。


「あーんなに小さかったのにな」
「まぁ、いつまでもガキで居られませんよ」


まだまだガキのくせに、と返したかったけれどきっと怒るだろうからやめておく。
ぐっと息を飲んだ時、きり丸があ!と声をあげた。


「そういえば、乱太郎が悩んでるんすよ」
「乱太郎が?」
「はい、進路のことで。忍者にはなりたいけれど、自分には向いてないって」
「あー…なるほど。乱太郎らしいな」
「足も早いし、薬品のこと詳しいから悩むことないような気もすっけど…似合うか似合わないかっつったらまぁ…アレだけど」
「まぁなあ。乱太郎も思うところがあるんだろう。今は悩んでもいい時期なんだ。ゆっくり悩んで自分に合った答えを見つければいい」


手元からは内職である白い造花が咲いていく。
ひとつ、ふたつ、花びらをつければ完成していくその花が何だかは組の面々と重なって。
ふと、また新しい造花に手をつけようとしたら、前に居るきり丸が目に入った。


「お前は…」
「はい?」
「お前は、どうするんだ?」


そういえば改めて聞いていなかったと思い立って口にはしたものの、言ったあとに後悔する自分がいた。


「おれですか?忍者になるに決まってるじゃないすか」
「………」
「大金叩いて入った忍術学園ですよ?忍者にならなきゃ損ってやつっすよ!」


にっ、と笑うきり丸の瞳がすぐに怪訝そうな色に変わり、しまった、と思った時にはもう遅かった。


「土井先生、どうしたんです?」


心配そうな、だけど理由が分からないとでも言うように問い掛けるきり丸に私はよっぽど苦い顔をしていたようで。
今まで顔には出さないようにしていたのに、どうもきり丸と二人きりでいると調子が狂う。
息を吐くと同時に目線を逸らせば、かさりと何かが置かれる音がして、すっときり丸が近付いてくる気配がした。


胸が、苦しい。

「先生?おれ、忍者に向いてませんか?」
「…そうじゃない」
「忍者になっちゃいけませんか?」
「違う。そうじゃないんだきり丸」
「だったら!…だったら、どうしてそんな顔するんです?!」


―――どうして。


小さく吐き出されたきり丸の声が、鼓膜を通り越して突き刺さるように脳に入ってくる。
その瞬間、ぐっと握り締めていた拳の力が一瞬にして抜けていくのが分かる。

脱力、脱帽。

そんな言葉が滑稽なほど浮かび上がってしまった。


「…死なんでくれきり丸」
「え…」
「私の前から居なくならんでくれ」
「先生…」

―――例え、忍になったとしても。必ず。


命の危険がある職だともちろん分かっている。分かっているからこそ、生きるために忍術を教えている私が、こんな感情を持ってしまうのはやはり…やはり、きり丸だからなのだ。


困らせてしまうと分かっていたのに。
あの想いと平行して隠さなければいけなかった、きり丸の将来への不安。
忍になって欲しいと願う教師の私と、ずっと隣りに居て欲しいと願う内なる私の狭間は思った以上に不安定で。
呆気なく、パラパラと崩れ出して行く。


すまん…。
謝ろうと顔を上げた時同時に聞こえた先生、と呼ぶ声。
少しだけひんやりとしたものがぴとりと私の頬に触れた。


「きり、まる…?」


すぐ目の前にはきれいにそして優しく光るきり丸の瞳。
頬に触れたのは紛れもなくあの頃よりも大きくなったきり丸の手のひらだった。



「おれは死にません」




吸い込まれそうな真っ直ぐ瞳。途端にふわりと優しく弧を描いて。


「…大切な人が居ますから。その人置いてったりしたらきっと、おれはおれで居られない」


……"大切な人"。

それが私のことだと、口に出さずとも、自意識過剰でもなく分かったのはパラパラと崩れ出していくあの狭間の欠片たちがすべて包み込まれたように温かくなって。思わず重ねてしまったその頬の上にある手を握り締めれば、きり丸は今までにないくらい嬉しそうに笑った。


「きり丸…私は………ってうわっ!!!」


もう伝えてしまってもいいだろうか。
ぼうっと惚けながら自然と動くままに言葉を発していたら突然ぐいっと襟元を掴まれて、そして―――。


「なっ!おおお、おまえ………っ!!!」


引き寄せられた先にきり丸の柔らかいそれが唇に当たった。


「きり丸…っ、おまえ、いいい今っ…!」
「焦りすぎっすよ、せんせ」
「な、なんで……!!」


そしてにかっと可愛い八重歯を出して愛しい口が悪戯っ子のようにこう綴るのだ。


「だって先生、して欲しそうな顔してたから?」





外は先ほどよりも大きなぼたん雪のお陰で、たちまち銀世界だ。



「お前って奴は…」
「あひゃあひゃ」



あれだけ隙間風で寒かった室内も、暖かさでいっぱいで今は寒さすら感じない。


「〜〜〜もうっ!」
「わっ、ちょ、先生…!急に引っ張らないで下さいよ〜!」


この子がいれば、こんなにも温かい。
…まぁそれは、随分と前から知っていたことだけれど。


「お前が悪いんだからな」
「どーしてです?」
「…我慢してたのに」
「ぷっ」
「笑うなっ」
「あはははは!」


ぴったりと引き寄せた体。くっつきそうな鼻先が少しだけ触れてくすぐったくて。
だけど何とも心地いい。
幸せだと、体中が叫び出す。


「しなくていいよ、我慢なんて」


ね、先生。


きり丸の頬に手を重ねて指を滑らせれば、嬉しそうに擦り寄せて。

合わせた視線。熱がこもる。


小さく揺れる蝋燭の灯り。散らばる白い梅の花に似た造花たち。
いつも生活するこの場所で私達は何度も何度も唇を合わせた。

好きという言葉だけでは足りなくて、焦がれる想いはこんなにも深い。
互いの想いを伝えるようにと、口付けはさらに深くなる。

隣りにいるよ、生涯ずっと。

そう、誓うように。




end.








mokuji



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