世界で一番君が好き

世界で一番君が好き
※留三郎×伊作







留三郎と伊作が恋仲になって一か月。


「ねえ仙蔵、どうしよう」

伊作は苦悩のまっただ中である。

「そんなのお前の管轄だろう。得意の保健的知識で解決すればよかろう」

「それができれば苦労しないよっ」

伊作は仙蔵の部屋で寝ころんでいた。そんな伊作を気にせずに書物の頁を繰る仙蔵は、ごろごろと自分のすぐ横まで転がってきた伊作に目を向けると、その頭をぽんぽん、と軽くたたく。

「そもそも、そんなことは早々に済ませていたと思っておったぞ」

「どんな目でみてんの、仙蔵!」

にや、と口角を上げて笑うさまは神々しく美しく、しばらく伊作はぽけっとした顔をして眺めていた。いやいや、それではだめだ、と頭を振ると、腹這いになって上半身だけ上げて仙蔵に向き合う。

「お前と留三郎など、傍から見ればとうの昔に恋仲だと、学園中思っておったわ。ヘタレの留三郎と奥手のお前がどうすればくっつくのかと、我々同輩はやきもきしたものだ。真相を知っているのは我々だけだが、お前、そう何でもかんでも周りに相談するのもいかがなものかと思うぞ」

「なんでもかんでもじゃないよう」

伊作は困ったように頬杖をつく。

「こんなこと、仙蔵にしか言えないよ」

どうすれば、契れるの。なんて。









方法が分からないわけではない。

そこは年頃の男子の集団。春画をはじめ、その手の情報だけは豊富である。

ただ、実際に惚れた相手を目の前にすると、こう…


「緊張する、というわけか」


裏山まで鍛錬に行く、というろ組についてやってきた留三郎に、遠慮なく確信を突く小平太に閉口する。

「…しかし、拒まれているわけでは、ない」

「じゃ、いさっくんも待ってるんじゃねえの」

小平太は楽しそうに跳ね回り、長次がその相手をして組手を始める。

その姿をぼんやり眺めて近くの岩に腰かけると、はああ、と深くため息をつく。

「そう簡単じゃねえの」

「何が?」

不思議そうに聞き返す小平太に、若干怒りを覚える留三郎だったが努めて平静を装い口を開く。

「お前、この前まで親友だったやつと、いきなり契れるか?」

「だって、好きなんだろ?」

「そりゃずっと好きだったっつーのっ」

あまりに長いこと友人関係を続けすぎて最早同室であることも足枷にしかならない。
一緒にいる時間も空気のように自然で和やかで、とても色っぽい雰囲気など、起こせない。

「だからお前はヘタレと言われるのだ」

「誰がヘタレだって?」

「だってそうだろ?惚れた相手に手も出せないなんぞ、ヘタレの何物でもないわ」

「…小平太、言い過ぎ」

長次の言葉に小平太が肩を竦める。

「そうかなあ。いさっくんだって待ってると思うんだが」

それが分かれば苦労はない。













「あーなんだか無駄な時間を過ごしたような」

ろ組の鍛錬は未だ続いている。あたりは真っ暗、夕餉を食べ損ねてはかなわない、と帰ってきた留三郎だった。
ぼそりと呟きながら自室の戸を開けると、そこには既に戻っていた伊作が座り込んでいた。

「おかえり留三郎」

いつもと少し様子が違う、と空気で感じた。

「あの、ちょ、ちょっといいかな」

顔を赤らめては下を向く伊作のすぐ前に、腰を下ろす。

「なんだ、どうかしたのか?」

「う、ん…あの」

意を決したように勢いよく顔を上げると、ずい、と近寄ってきた。

「あの、この世で一番すきなんだよ、留三郎のこと」

なんだ、そんなこと…って、なんだって?

留三郎は訳が分からず少し引く。

「…知ってると、思う…けど」

だんだんと小さくなっていく声を拾おうと、先ほどの勢いはどこへやら視線は床へ床へと落ちていく伊作に近づく。

「僕も男だからね。あの、好きな相手とはその、」

なんとなく、わかった。ああ、なんて不甲斐ない男なんだろう。俺ってやつは。

「あー、わかった。皆まで言うな。悪かったな。その先俺に言わせろ」

俯く伊作の頬に手を添えると、自分に向くよう顔をあげさせる。
ぎゅ、と瞑られた目元に優しく口付けると、伊作の込められた力がゆっくりと抜けていくのを感じた。

「俺はお前が欲しい。全部。この身すべてをかけてお前が欲しい」

「…うん」

「…いいか?」

「うん」

緩んだ力をまた込めて、ぎゅっと瞑る両の目から、じわりと滲んだ涙を舐めとる。
ぴくりと身体を震わせて、小さくなっていく伊作をゆっくりと抱きしめた。

あれこれ悩んでいたのは、俺だけじゃない。

留三郎は自嘲気味に笑うと、伊作のくれたきっかけを最大限に利用すべくその身を再度抱きしめた。






『いいか、どうせ留三郎から行動を起こせるとは思えん。お前の素直な気持ちを、そのまま伝えてみるんだな』

『せ、仙蔵、でもさ、留三郎がその気じゃなかったらどうするんだよう』

『お前、好いた相手と一つ屋根の下にいて何も感じんなど、男として不能だぞ。その時はお前がその手の相談に乗ってやるんだな』

『もう!…が、がんばってみるよ。留三郎は不能なんかじゃないからねっ』

『おお、その意気だ。精々がんばれ』



まだまだ、二人の恋は始まったばかり。



END








mokuji



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