(前編)

先生と両思いだと分かってからもう半年ー。

来月からはもう冬の長期休暇に入る。

夏、先生の恋人になって初めての休み。
嬉しくて嬉しくて、手を繋いで夏祭りに出掛けたり、海まで旅行したり、本当に楽しかった。

秋、短い休みはバイトでほぼ終わってしまった。

そしてー

「はぁ…」

「どしたの?きりちゃん」

長屋での夜、親友が深い溜め息をついた自分の顔を覗き込んだ。

「俺、溜め息付いてた?」

「うん。それはそれは深い、ね」

もう一人の親友は既に夢の中だ。

「どうせ"彼氏”の事でしょ?」

彼氏ー、なんだけど…。
悩みは正に、その彼氏が彼氏らしい事をしてくれないっていう…ね。

「…俺って色気無いのかな?」

「はぁ?」

呆れた様に乱太郎が細い目を更に細めた。

男の癖に色気とはそりゃ呆れるとは思うけど、俺にとっては深刻な悩みなんだよな…。

若旦那の屋敷で思いを打ち明けて深い接吻をしてくれたのを最後に、先生が全く手を出して来ないのは俺に魅力が無いからなんじゃないか、と最近思うようになっていた。

夏休みは俺だって楽しいだけで満足していたけれど、流石に秋休みはちょっと期待していた。
せめて接吻くらいはあるかなって。

一応恋仲なんだし、一つ屋根の下に暮らしていればいくら先生だって…と思っていたのに、毎晩どきどきする俺を余所に「おやすみー」だけなんて。

「きりちゃんてさぁ…本当に自覚無いよね。実は天然なの?」

予想外の突っ込みに驚く。

「…どういう意味?」

そう尋ねるとはぁっと溜め息を付いて頭をポンポンと撫でられた。

「きりちゃんはむしろ、は組のお色気担当だよ。いや、もはや忍術学園全体の、かも知れないね」

「…俺があぁ?」

「そうだよ!くの一教室からも黄色い声が上がるし、第一その若旦那とか言う人も骨抜きだったし。最近は上級生、下級生問わず恋文貰ってるでしょう?」

「うーん…確かにここ最近はよく貰ってるけど…」

しかしその事と俺に色気がある事とは関係無くないか?

「最近更に色気が増してるのは土井先生が原因だよねぇ」

「先生?」

「先生に何かされたいから無意識に色気が出てるんだよ。それで恋文も増えたんだね」

「じゃあ何で当の本人には効いてないんだよ!」

すがりつくように乱太郎の腕を引っ張った。

「私の予想じゃ先生はめちゃくちゃ我慢してると思うんだよねぇ。”卒業"まで…」

卒業まで後一年ちょっとー。
乱太郎に言われると、先生の考えている事は痛い程分かるけれど、俺だって14歳の青春真っ盛りだし…

「…待てないよ〜!」

叫びながら布団に滑り込んだ。



「へっくしゅん!」

「どうした半助。風邪でも引いたか」

職員室ではは組の担任が冬休みの課題を作っていた。

「風邪じゃなくて嫌な予感がしますね…噂されているような」

そう言って苦笑いすると、山田伝蔵が溜め息を付いて作業の手を止めた。

「半助、時にきり丸との事なんだが…」

急に話を振られ動揺した。

「き、きり丸ですか?…何です」

「最近学園内であの子に思いを寄せている生徒が沢山居るようだな」

「え?!」

「何だ、知らないのか?忍者の三禁と言っても皆まだ若いし分からんでもないのだが、あからさまに恋文となると、な」

きり丸に…恋文?
聞いてないぞ。
あいつの事だから報告する程の事では無いと思っているのだろうけれど…

「確かに最近きり丸の雰囲気が変わったな」

「雰囲気…ですか」

確かに。
それには気付いている。
だからこっちも大変なのだ…二人きりになるのはそろそろまずい気がする。

卒業までは手を出さないと決めた。
それはけじめと言う事もあるけれど、一度そうなってしまうと自分を見失ってしまいそうで怖いと言うのが本音だった。

「半助…お前が原因だろう」

「え?私が何の…」

「きり丸の雰囲気だよ。…あんな物欲しそうにお前を見ていては流石にこちらも気の毒に思えて来るよ。お前の考えている事は分かるしけじめは必要だが…」

…山田先生にも気付かれる程なのか。
そろそろあいつも限界かも知れない。
一度きり丸と話さなければー。
二度と不安にさせないと決めたのだから。

「まぁ学園外の事は気にしなくていいんじゃないか?」

「…はい?」

「お前も若いしな。けじめさえ付いていれば」

そう言われ、何とも答えられないまま片手で口元を押さえた。



冬休みはすぐにやって来た。
すっかり景色は雪化粧をしており、長屋は此処よりも寒いのだろうなと溜め息を吐くと目の前が真っ白くなった。

「きり丸、大丈夫か?」

「はい。かなり寒いですけど…」

あまり着物を持たないので今日でさえ八分丈で足元がかなり寒い。
晴れているのが幸いだった。

熱い湯に入りたいが長屋に着いたら風呂も無いし、大家さん宅に借りるか、湯を沸かして盥で足元だけ温めるかだな。
もう半刻程で着くだろう。

そう思っていたら、ふわふわと白い粉雪が落ちて来た。

「げっ!先生、降って来ましたよっ」

「急ぐか」

そう言ってふいに手を握られ引かれる。

心臓が大きく飛び跳ねた。

どんどん鼓動が速くなるのは走っているからじゃなくてー。

自分の手を引いて前を走る広い背中を見やると、愛しさが込み上げて今すぐ抱き締めたくなった。

「ほらっ、入れ。湯沸かすから濡れてる着物脱いで何か羽織っとけよ」

長屋に着くなり囲炉裏に火を起こそうとする先生を後ろから抱き締めた。

「…きり丸?」

「…先生、寒いから」

「…」

「寒いから…先生…が、あっためてよ」

言ってしまった。
だけど…伝わった?
いいや、きっとまたはぐらかされてー

「…熱くてなり過ぎても知らないからな」

そう呟いた瞬間、

気付けば抱き上げられていて、畳の上に下ろされた。

「先生…」

敷布団を自分の横に雑に敷き、おいでと手を引かれる。
大きな厚い胸に抱き締められると、全身からあっという間に力が抜けた。

「きり丸…もう我慢出来ない。…いいのか?」

先生が俺を欲しいって…
そんな熱い目でー
それだけで体が震えた。

「俺を…先生の物にして…」

先生が優しく額に口付けて、それからゆっくりと唇に接吻した。

(後編へ)


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