新野先生の苦悩【※間接的に性表現が有ります】













「…また来ます」
「はいはい、いつでも良いですよ」


バツの悪そうな顔を浮かべて、その生徒は逃げるように保健室を出て行った。
校医であるからには生徒の身体だけでは無く心も診てやらなければならないのだが、最近の流行と言うか何というか、“不測の事態”とも言える状況に溜め息を吐く。
新たに軟膏を作らなければ、そう思って薬箱に手を掛けた時襖が開いて土井先生が入って来た。


「おや、土井先生。また胃の調子でも?」
「お察しの通りです…薬を処方して頂けますか?」
「あなたも難儀な持病をお持ちですねえ、お若いのに」
「教師になってからです。気を揉む事が多くなったもので…」


そう言って人の好さそうな笑みを浮かべて正面に腰を下ろす。
確かに、忍術学園に来た頃に比べれば歳を取ったかも知れない。
あの頃は少し険の有る青年だった、思い出してふっと笑ったら釣られて笑い、自分が薬箱から取り出した壺に気付いて首を傾げた。


「何の薬です?」
「ああ、これはね、切り傷に効く軟膏ですよ。作り置きしていないと足りなくなってしまうんです」
「皆そんなに怪我をするのですか?実習で?」


驚く土井先生に近付き、小声でその理由を教えてやる。


「いえね、最近多いんですよ…痔の相談に来る生徒が」
「…痔、ですか…?」
「多感な年代ですからね、分からんでもないですが…時期尚早の生徒も居ますし、風紀も乱れますでしょう?学園長先生にも報告した方が良いかも知れませんなあ」


手元の壺から顔を上げると、真っ青な顔をした土井先生が見える。
…おかしな事を言っただろうか?


「土井先生?どうしました?」
「い、いえ、…それでは私はこれで…」


まるで先程の生徒のように、逃げるようにして廊下へ飛び出した。
思い当たる節も無く、狐につままれたような気がして暫く固まっていたが、考えた通り軟膏を作り始めた。
まあ確かに、生徒同士が性交渉をしている事実はショックだったかも知れない。
真面目な男だなあと思い直していると、ぱたぱたと足音が聞こえて紫色の制服に身を包んだ生徒が一人飛び込んで来た。


「…先生、今宜しいですか?」
「はい、どうしました?」
「…尻を、診て欲しいんです」
「…どれ、診せてみて下さい」


またか、それは口に出さずに生徒の前にしゃがみ込む。
自ら出向いたにも関わらず暫く躊躇していたその生徒は、おずおずと下衣を脱ぎ始めた。
前にある壁に手を付いてほんの少し尻を突き出したがそこにあるのは綺麗な双丘のみである。


「穴を診て欲しいのですよね?だったらもう少し腰を曲げて下さい」
「…なんか恥ずかしくて…先生、笑わないで下さいね」
「笑いませんから、はいどうぞ」


そう促すとぐいっと腰を後ろに突き出したので、両手で双丘を拡げて穴を診てみる。
痛々しく切れたそこは腫れて熱を帯びているようで、その傷が真新しいものだと一目瞭然だ。
壺の中から一掬い軟膏を指に取って塗り付けてやると、染みるのか一瞬息をのんだ。


「…最近出来たものですね?無理をしたのでは?きり丸君」
「………」
「君たちは若いので分からなくも無いですが、自分を大事にしないといけませんよ」


そう言って下衣を引き上げてやると真っ赤な顔でこちらを向き直った。


「…痛かった、んですけど…何て言うか、その…幸せで……嬉しくて、」
「…」
「この人とこうして居られるなら、…一つになれるなら、もうどうにでもなれば良いや、って思ったら…こんな事になっちゃって…すんません」


言い切った時には首筋まで真っ赤になっている。
…この人、か。
成る程、話の筋が繋がって嬉しいやら悲しいやら、再び溜め息が出た。


「…その気持ちは大切に。でも今度からはこんな事にならぬよう、準備をしておく事を勧めます。私からも言っておきますから、今日は身体を冷やさないようにして休んでおきなさい。良いですね?」
「はい、有難う御座いました…」


礼を述べて部屋を出そうになった所で慌てて振り返る。


「え、新野先生!言っておくって…誰にですか?」
「…君の大好きな“あの人”だよ」


そう言うと紅潮させた顔を今度は青く変えて廊下を走って行ってしまった。
恋とは一体何なのだろうか。
忍者の三禁ともされている程命取りな物、そしてあんなに幸せそうな顔をさせる物。
本当に幸せそうに―


「…それにしても、とんでもない事実を知ってしまったな。土井先生ときり丸君がねえ。…私の胸の内に秘めておくか…」


恐らく土井先生はここを出た後、きり丸君を探していたに違いない。
私に診察を依頼する前に、要らぬ事を言わないよう話しておきたかっただろう。
今頃二人で大慌てに違いない。


「でもまあこれで終わる訳ないですね。またこれが必要になるかも…はあ、知らなければ良かったかな」


誰かさん同様自分も胃が重くなった気がして、最後にもう一度大きく溜め息を吐いて今度こそ軟膏を作り始めたのだった。







(完)








十色十四の巻の無配です!
有難う御座いました〜(^^)



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