第4章


 落盤事故のときにも、魔法は禁忌であり、魔法使いに頼るなど言語道断という声がほとんどだったようだ。アルヤルは自分に向けられる根も葉もない中傷を無視して、救助活動を行い、翌朝早くに村を発った。見送りも、礼を言えた者もろくにいなかった。
 彼が去って、怪我をしていた鉱夫たちが回復して、亡くなった鉱夫の葬儀が一通り行われた頃になって、村はようやく素直な言葉を口にできるようになった。
 救われた、と。
 でも、一度根づいた意識は、そう簡単に覆せるものではない。
「アルヤルは善い魔法使いだった=v
「ん?」
「私たちの村では、みんなそう言うわ。魔法使いが本当は悪いものじゃないっていうんじゃなくて、アルヤル先生が特別だったんだ、って。結局、魔法が悪いものだって感覚は、まだ昔のまんま」
 そんなものなのかしらね、とタミアは笑った。
 観念を折り曲げることは、時として鉄を打つよりも固く、困難である。人々はアルヤルを英雄として認める一方で、自分たちが魔法使いに対して抱いてきた観念もまた、従来通り正しいものとして残した。十年が経った今も変わらない。
 だからこそ、タミアは故郷を出なければならなかった。
「もしも魔法が使えるなんて、あの村でばれたら、どんな目に遭うか分からないわ」
 殺されはしないと思いたいが、それも保障はできない。少なくとも、悪魔に触れた子として遠巻きにされ、浮いた存在になるのは確実だろう。
 能力を隠して生活したとしても、また咄嗟の出来事に対して、魔法を使ってしまう可能性は十分にある。父は落盤事故の当時の村長を頼って、役場に保管されている過去の資料からアルヤルの連絡先を探った。そして娘に魔法の能力が発現した旨をしたため、貴方の下で魔法使いとして生きていく術を学ばせてやってほしいと、手紙を出した。
 あの人ならきっと、大丈夫だと。
 お前も大丈夫だろう、と父は笑った。
「お父さん、気づいてたんだと思うわ。何度か二人で、事故のときの話をしたから」
「……」
「私、アルヤル先生にもう一度会いたかったのよ。もう顔も覚えてないけど、憧れの人なの」
 憧憬を温めるように瞼を伏せ、タミアは封筒をポケットに戻した。タフリールから送られてきたこの手紙は最初、差出人も便箋も白紙で、タミアが触れると文字が浮かび上がるように魔法が込められていた。
 魔法を忌み嫌う村で、魔法使いとやりとりをしていることが公にならないようにという、アルヤルの機転だった。琥珀色のインクは、光にかざすと溶けるように消えて見えなくなり、タミアがもう一度指で触れると浮かび上がってくる。意図しない第三者に読まれないようにという工夫が、慎重に施されていた。
 その甲斐もあって、旅立ちの用意は着々と進み、魔法の発現から一ヶ月後には近隣を通過するキャラバンと共にタフリールを目指すに至った。
 タミアはキャラバンに憧れて旅に出た。村ではそういうことになっている。商人になりたくて独立する子供というのは、ごく稀ではあるが、過去にも何人か存在した。
「フーン」
 単調な、相槌とも呼び難い相槌で、タミアは瞼を開けた。
「何よ、反応悪いわね」
「別に?」
「言っとくけど、あなたが訊いたから話したんですからね。私が勝手に語ったわけじゃないから」
「はいはい」
「ちょっと、なんでそう流すの? 何かコメントしてくれたっていいじゃない」
 若干、懐かしさに浸ってしまって、訊かれてもいないことまで話しすぎた感はあるが。その自覚があるからこそ、何かもっと、反応がないと恥ずかしくなってくる。
 居た堪れなくなって、タミアは足元の砂を一掴み、焚火の向こうにむかって投げた。てめえ、と言いかけたログズがぺっぺと噎せる。本気でぶつけるつもりはなかったので焦った。
「ご、ごめんなさい。あなたのことだから、きっと避けると思っちゃって」
「お前なァ……! 避けてほしいなら先にそう言え!」
「ちゃんと隙は作ったわよ。大丈夫? なんかぼーっとしてない? ……え、もしかして反応がなかったんじゃなくて、真面目に聞いてくれてた?」
「うるせー、ほら火弱ってんぞ。お前が砂入れたせいだからな、練習だよ点け直してみろ」
 ええっと慌てるタミアに、ログズはわざとらしく寒い寒いと連呼しながら起き上がった。枯れ枝はまだたくさん入っているのに、確かに火の勢いが落ちている。
 この程度の砂で弱るようなものではないと思うけれど。でもそれを言ったところで、今は分が悪い。言い返したい気持ちを堪えて、タミアは躊躇いながら焚火に手を翳した。こう、と無言で訊ねればログズが頷く。宿での練習を思い出して、想像の中で自分を苦境へ追い込む。
 寒い。
 凍えるように寒くて、吐息も凍りそうだ。
 この焚火を守ることだけが、今夜を生き抜く希望だ。
 真剣に念じていると、手のひらにふっと熱の巡る感覚があった。来た、と顔を上げる。


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