第4章


 タミアの父も鉱夫だった。若くして祖父に倣って山へ入り、そこで知り合った仲間の妹と結婚をして、家庭を得てからいっそう真面目に仕事に勤しんだ。
 のどかな村だった。鉱山といっても金が出ないおかげで、一獲千金を狙った移住者もなく、無茶な採掘や権利争いとは縁遠かったのだ。農村のような趣すらあった。実に百年以上に渡って、村は穏やかな気風の中で、素朴でありながら豊かな暮らしを続けてきた。
 誰もが根拠もなく、自分たちはずっと幸せでいられるものだと信じていた。
 その慢心が、十年前、唐突な悲劇となって村を襲った。
 鉱山の中で、落盤事故が発生したのだ。
 どのポイントをどれくらい深く掘ったか。初歩的な確認を怠ったことによる、鉱夫たちのミスだった。三十年以上も昔に掘られた道を見落として、そのすぐ真下に、新たな坑道を広げていってしまったのである。薄くなった天井が、振動に耐えきれず罅割れて落ちた。十五人の鉱夫が命を落とし、同数が鉱山の奥深くに生き埋めとなった。
 タミアの父も、その場所に出向いた一人であった。
 事故の知らせを受けたとき、母親は我を失って泣き崩れ、健在だった祖父母も言葉を失くして顔を見合わせた。タミアは当時七歳になったばかりで、妹と弟を連れて遊びに行った帰りに、落盤の轟音を聞き、悪い予感がして家に戻ったところで知らせを耳に挟んでしまった。
 呆然とした。
 五歳の妹は、父に何か、悪いことが起こったのだという漠然とした不安だけを理解して泣き叫んだ。弟は二歳になるかならないかで、何も理解できないまま、家族の異様さにあてられて声を嗄らして泣いた。
 タミアは――泣かなかった。
 泣けなかったのだ。兄弟たちが泣くのを両腕で必死に抱きしめて、訳も分からず「大丈夫」と宥めるのに精いっぱいだった。母という大人があられもなく泣くところを、初めて見たことも大きかったのかもしれない。泣いて泣いて、母は昔話の怖い化け物のように、目を真っ赤にして天井を仰いで、嗄れた喉をかきむしった。
 タミアは祖父に、父を助けに行ってほしいと頼んだ。祖父は悲しい目をして、今はだめだ、と答えた。鉱山の中は一ヶ所が崩れたのを皮切りにして、落盤が続いていた。無闇に入れば、新たな犠牲が増える。救いの手は、誰も挙げられなかった。
 第二の知らせが届いたのは、その日の夕方のことだ。
 ドアの前がにわかに騒がしくなり、村人たちの声が聞こえた。泣き疲れて寝入ってしまった兄弟に毛布をかけて、タミアは祖母が開けるドアの足元に立ち、外の様子を窺った。男も女も、大人が大勢出てきて何事か言い交している。
 中の数人が祖母に気づいて、話の輪に入れてくれた。
 ――魔法使いが、鉱山に入った。
 魔法使い、という言葉を、タミアはこのとき生まれて初めて耳にした。祖母は恐ろしい言葉を聞いたように目を瞠ったが、唇から漏れた返事は「鉱山に」だった。
 いわく、アルヤルと名乗る旅の魔法使いがやってきて、村の異様な雰囲気を察して村長を問い質したという。彼は事情を聞くなり、自分なら助け出せると単身、鉱山へ飛び込んでいったらしい。
 でも魔法なんて、と祖母がかぶりを振った。そのとき村人たちの中から、あっという声がいくつも上がった。
 戻ってきたぞ。
 誰かが叫んで、空を指差す。祖母の手を振り払って、タミアはその方角に目を向けた。
 燃えるような夕空を背に、黒いローブを風に膨らませて、人間が宙をゆっくりと降りてくるところだった。彼は鉱山のほうからやってきて、背中に大きな荷物を背負っていた。
 それが、人だ、とはっきり認識できたとき。村人たちの間から、わあっと声にならない声が上がった。
 生者も死者も、彼は一切の分け隔てなく、鉱山を取り残された鉱夫の数だけ往復して、一人ずつ運んできた。戻ってきた鉱夫はあっというまに家族や友人に囲まれて見えなくなり、ある者は啜り泣きに、ある者は歓喜の声に包まれて、みな男たちによって村の診療所へと運ばれていった。
 集まっていた人間は、鉱夫が戻るたびに少なくなっていった。
 タミアはほとんど最後まで、そこに立っていた。父は相当奥で事故に遭ったらしく、なかなか連れ出されてこなかった。次か、今度こそかと目を凝らしては、父でない顔に胸を沈ませ、タミアはそれでも部屋には戻らず待ち続けていた。
 アルヤルの肩越しに、憔悴しきった父の顔が見えたのは、もうほとんどの人が家族を迎えて診療所へ行ったころ。空がすっかり暗くなって、鉱山の斜面に掘られた坑道の闇が、ここではないどこかへ繋がりそうに真っ暗に見える。そういう時間になってからだった。
 アルヤルに支えられて地面に降り立った父は、駆け寄ったタミアの声に反応を見せた。しかしすぐに、その体はがくりと倒れ込んでしまう。一瞬、事切れたように見えて、タミアの全身を氷の粒が走った。
 アルヤルは父を地面に寝かせると、生きてはいるが怪我を負っている、その体で他の鉱夫の手当てをしていたせいで出血が多く、処置と輸血が必要だという旨を祖母に伝えた。運べる男手は、と訊かれて祖父だけだと答えると、父の体に手のひらを当て、しばらくの後に離して言った。


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