4:商隊兵団


 青の間は藍の間を囲むように造られているので、中庭は藍の間側にある。青の間を囲む壁は、事実上の城壁だ。これを出るとさらに白の間≠ノ繋がっているが、白の間には前面に大きな門が建って、等間隔に並ぶ木が囲いの役割を果たしているだけで、周辺を堅く護るものは存在しない。
 白の間は王宮の敷地内ではあるが、隊商宿と広い庭から成る、商いの場なのだ。出入りを認められた商人たちが店を広げ、街の人々が自由に行き来をしている。皇帝や皇妃は、ほとんどここへは出てこない。ルエルもまだ行ったことはないが、前に一度、天文台からその景色を見渡したときは、人の賑やかさと店の彩りに圧倒されそうになった。
 白の間の外側は、短い橋のかかった水路に囲まれている。水路は王宮をぐるりと囲んで、藍の間の裏手に続いており、これが王宮の敷地を示す区切りとなっている。
「悪い、遅くなったな」
「ジャクラ」
 サルマに連れられてきた待ち合わせの中庭で、辺りの景色を見回しながら立っていると、待ち人は歩廊を駆けてきた。青の間のほうから来たところをみると、公務が長引いていたのだろう。サルマが胸に手を当て、一礼して戻っていく。
「お仕事は、もう終わったのですか?」
「ああ、平気だ。仕事というほどの内容ではなかったんだが、大臣と少し話し込んでしまってな。暑くなかったか?」
「はい。ずっと、日陰にいましたので」
 大きな柱が足元に落とす影を見て答えれば、ジャクラはそうかと微笑んで、緩んだ髪留めを結び直した。金色の飾りがちらちらと揺れるのを、ぼうっと見る。照らす日の色は、ほんのりと赤みを帯びてくる頃合いだ。シュルークは夕日も、熟れた杏の実のように大きくて眩しい。
「では、行くか」
 歩き出したジャクラの隣に並んで、ルエルも中庭へ足を踏み出した。夕方、午後の公務を終えたジャクラと歩廊で待ち合わせて、夕食までの一時間あまりを散歩するのが日課だ。
 藍の間の中庭はほとんど皇族のためにあるような場所だし、回廊伝いに出ることのできる青の間の庭も、時々大臣や使用人とすれ違うが、一般の人々の出入りはない。大体この二つの中庭を歩いたり、たまに天文台へ上ったりしながら、午前の勉強やそれぞれの午後のことについて、取りとめもなく話す。
「この宮殿にも、多少は慣れてきたか?」
 噴水を囲むように備えつけられたベンチに腰を下ろして、ジャクラは訊ねた。葡萄の彫刻が豊かに施された石の水瓶から、透明な水が絶えず溢れてくる。けれどこの国では、そんな水も貴重だ。水面を見れば、時計回りの水流が見て取れた。水は噴水の内部を緩やかな坂に沿って一周して、また水瓶へ返る仕組みになっている。
「おかげさまで、それなりに。生活も楽しんでおります」
「そうか。今日の午後は?」
「青の間にある、タペストリー室に行っておりました。先日、図書館へ行ったときに、サルマが案内してくれて……」
 青の間の外れに建つ、王宮図書館はなかなかの蔵書数だ。外から見ると、導師の家を少し大きくしたくらいにしか見えないのだが、壁一面に並べられた古今東西の書物はニフタの城の蔵書を遥かに凌いでいる。
 部屋の内部も、少々詰め込みすぎだと思われるくらいの書架の森だ。まるで研究者の小屋のようで、王宮のものとしては飾り気のない空間だが、ルエルはそれほど閉塞感を覚えることもなく、隅に置かれたテーブルで本を読む。
 タペストリー室は、その図書館の上にある部屋だ。シュルークの伝承や、歴代の皇帝、戦の絵、大国の支配のもと栄華を極めた時代の風景など、様々な景色が絹や羊毛で織られている。シュルークでは絵画よりも、タペストリーの文化のほうが根強い。織物職人の地位も高く、現在でも王宮にはお抱えのタペストリー職人がいると聞いた。
「あそこは、華やかなわりにひとけが少なくて、静かでいいだろう。母上やハーディがたまに行っているが、大臣を含め、使用人は申請を出さないと入れないからな」
「はい。付き添いで来てくれたサルマも、数えるほどしか来たことはないと言っておりました。古いものが多いから、保存状態を保つためだそうですね」
「ああ。年に一度は一般開放もしているんだが、普段はあまりな。人の出入りが多すぎると、どうしても傷むだろう」
「今年の一般開放は、もう終わっているそうですね。サルマに聞きました。彼女は、色々な質問に答えてくれます。シュルークのことでも、この王宮のことでも」
 親しくやっているようで何よりだ、とジャクラは目を細めた。
 サルマは特別、知識が豊富というわけではない。聞いても分からないことも色々とある。けれど、彼女は面倒くさがらないで考えてくれる。知識不足に萎縮もしない。そんなところが、話しやすかった。


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