17 石の底の再会


 少し色褪せた、癖のある煉瓦色の髪。翆玉を思わせる、明るいグリーンの眸。かっちりとした郵便局の制服を第一ボタンだけ外して着込み、磨いた革靴を履いて、大ぶりの鞄を提げた几帳面そうな立ち姿。
「サボ……」
 約、二十年ぶりになるだろうか。当時より一回り肩や腰に厚さが出て、ほうれい線を深くした彼の姿に、ユーティアは自然と格子戸へ歩み寄ってその名を口にしていた。互いに面影は残っているほうだったが、見た目よりも声にそれは現れた。
 ユーティアの彼を呼んだ声は、まさしく二十年前と同じ。若かりし日に一瞬で立ち返るかのような澄んだ響きを持っていて、扉の前で足を止めたサボは、言葉にならないというようにゆっくりと首を横に振った。
「本当に、ここにいたなんて……」
 当惑と安堵の綯い交ぜになった声音で、彼は呟く。兵士はサボが格子戸に手をかけたり、鍵穴を蹴飛ばしたりする気配がないのを確認したのか、ユーティアたちから少し離れて、入り口で面会を見張る姿勢をとった。
「久しぶりね」
「ああ、そうだね。久しぶりだ。……ユーティア」
「ええ、サボ」
「思ったより、変わっていなくて驚いているくらいだよ。こうしていると、昔に戻ってしまったような気さえしてくる」
 確かめるように再度名前を呼び合って、それでもまだもう一度、もう一度と繰り返したい懐かしさが互いにあった。それなのに声は詰まって、上手く呼びかけることができない。ユーティアはかつて、自分が今よりもずっと引っ込み思案だったことを唐突に思い出した。
 そして、当時に戻ったつもりで思いのすべてを微笑みにのせた。
「笑うと一層、面影があるね。本当に昔に戻ったみたいだ――君が格子の向こう側にさえいなければ」
「そうね。サボ、あなたこそ、どうしてここにいるの?」
「それは君に、ああそうだ、君に渡さないといけないものがあるんだ」
 慌ただしく鞄に手を突っ込んで、サボはたくさんの手紙に埋もれたポケットから、一枚の封筒を取り出した。格子をすり抜け、彼の手がそれをユーティアへと託すように渡す。
「君の、母からなんだ」
 サボの言葉が耳に入るのと、ユーティアが封筒を裏返して、差出人の名前を見たのとは同時だった。驚きに息を呑んで、何も言えなくなってしまう。サボの視線に促されて、ユーティアは緊張した手で白い封筒を開けた。二つに折られた便箋が二枚、重ねられて入っている。
「これ……」
「二週間くらい前に、君宛に届いた手紙でね。配達が僕に振り分けられて、届けに行ったんだ。懐かしいなと思いながら、勿論ただポストに入れて帰ろうと思ったんだよ。でも、入らなかった」
「新聞ね?」
「そう、新聞が溜まってて。おかしいと思ってドアの近くまで行ってみたんだけれど、中に人の気配がないし、勝手に失礼だと思ったけれど道を一本回って、裏庭を見に行った。……変わらず植物が溢れていたけれど、なんだか君らしくない庭だった。手がかけられていないっていうのかな。なんて言ったらいいか、何となく雑然としている感じがして」
 それで、とサボは少し言い難そうに、視線を逸らした。
「何だか妙な感じがして、手紙は一旦持ち帰ることにしたんだ。昔、父親はもう亡くなって、母親だけが故郷にいるんだって言っていただろう? 唯一の家族からの連絡なら、これは絶対に届けたほうがいいと思ってさ」
「サボ……」
「お節介かもしれないけれど、君の居所を調べた。花屋のご婦人から一ヶ月くらい帰っていないって話を聞いて、戦争に行ったんじゃないかと思ったんだ。それで、従軍した魔女のリストを見せてもらえないかと思って、お城に来た。戦地にいるとしても、それが分かれば専門の配達員に届けてもらえるから。まさか、ここですぐ会えるとは、思ってもみなかったけど……」
 サボがそっと、格子から手を差し入れる。輪郭を確かめるように頬へ触れた彼を、ユーティアは止めなかった。
「従軍を拒んだって聞いたよ」
「ええ」
「グリモアのためだって、聞いた」
「そうよ」
 微笑んで答えると、彼は唇を噛みしめる。そう、本当にそうなんだね、と繰り返す声が震えていた。俯いた彼の顔は帽子が陰を落としてしまい、表情が上手く掴めない。サボ、と問いかけるように呼べば、彼は何かから逃れようとするように、ユーティアの頬から強張った手を引いた。


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