8 朱夏


 一安心したような寂しいような、まだまだ続くと思っていた大きな仕事がふいに終わった気持ち、とマルタは表現した。母親になったことがないどころか、その娘よりもいくつか年下であるユーティアにとっては、あくまで想像の範囲を越えられない感覚だ。でも、マルタはこれまでに見た中で最も幸せそうで、最も気の抜けた顔をしていた。それは年齢に関係なく、彼女と六年の親交があるユーティアには、一目で分かる表情の変化だった。
 そんなマルタが相談を持ちかけてきたのが、娘夫婦への贈り物のことである。花屋をやっているマルタの手元には、花はたくさんあるのだ。だが、二人の住む町へ花束を送ると、向こうに着くころには枯れてしまう。
 ユーティアの店にドライフラワーやポプリが並んでいるのを思い出して、これならばどうかと思ったらしい。二人はこれまでも、何年も同じ家で生活を共にしている。籍を入れたからと言ったって、大きく変わるものはあまりないだろう。そんな彼女たちだからこそ、住み慣れた家の片隅に何か、新しい風を感じるものを置かせてやりたいのだとマルタは言っていた。
 ならばリースはどうかと、提案したのはユーティアだ。ブーケは結婚式で持てるのを心待ちにしたほうが良いだろう。かといってポプリでは、結婚の祝いの品としては小ぶりで物足りない。
 リースは程よい大きさで華もあり、大抵はドアや壁などの、目に触れる高さに飾られる。仕事として作ったことはなかったが、毎年秋になると店の入り口に飾るために作っていたので、一通りの作り方は分かっている。これも魔女の仕事、というのかどうかは分からないところだが、特別に作ることになった。
 六月に依頼を受けたとき、裏庭では白バラを切らしていたが、マルタがどこからか仕入れてきた。さっそくそれを使って作りたいところだったが、長くもつよう、きちんと時間をかけてドライにした。おかげでイメージを固め、飾りつけを色々と用意する時間ができたのは幸いだ。白バラとガーベラ、シナモンスティック以外はほとんど、裏庭で採れたものを使わせてもらっている。
「お茶、もう一杯もらっていい?」
「あ、うん。今淹れるわ」
 空になったサボのカップを受け取って、ユーティアは自分も半分ほど残っていたミントティーを飲み干し、席を立った。涼しげなガラスのポットに、ミントをいくつか入れてお湯を沸かす。
 お祝いといえば先日、リコットの主人が金物屋を改装していた工事が終わった。先代の頃からほとんど修繕をしていなかったという建物は、意識したことはなかったが、改装されたあとで思えばずいぶん古くなっていたのだと分かる。
 あなたの店も、元々古い家を買ったんでしょう。あと二、三年したら、屋根やドアの塗り直しは必要になってくるわよ。維持していくっていうのは、結構手間がかかるわね。
 ペンキの匂いがようやく薄れたという店内で、リコットが言っていたことを思い出す。金物屋は内装もいくらか直したというだけあって、クリーム色に塗り直された壁は傷一つなく美しく、並んだ品物の色も心なしかよく思えた。
 ラマンシャから譲り受け、ソリエスとして共に歩んできたこの建物も、気づけば六年が経とうとしている。煉瓦や窓の造りは丈夫で、その辺りはまだまだ問題もなさそうだ。でも、言われてみればドアの色はずいぶん褪せた。青かったペンキが所々めくれ、木の色がむき出しになっている箇所もある。
 それを見たとき、ふと時間の経過を水の流れのように感じた。
 マルタの娘の結婚、リコットの金物屋の改装、サボやベレットとの出会い。個々に独立した様々な出来事がユーティアの中で一つの大きな流れとなって交ざり合い、自分にコートドールでの歴史が生まれつつあるのだということを感じさせた。
 穏やかではあるが、駆け抜けてきた日々であった。この六年は振り返るとあっという間で、その前にはロメイユにいた時期もあったはずなのに、サロワからずっと、どこか果てしない場所を目指して進み続けているような思いのするときが度々ある。
 間に数えきれない出来事があったのに、振り返ると目を合わせる自分は、今もサロワにいた頃のあのユーティアなのだ。無花果の木を背にして、胡桃色の髪を靡かせ、今よりも少し背格好は華奢で、思いありげな目をしているが口を開くことはなく、遠慮がちに佇んでいる。


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