26 移りゆくもの


 使命を抱いて生まれるのは、憐れな子供。
 人はすべて平等に、自由を得る権利がある。
 セリンデンの見解は、必ずしも間違っているとは言えない。平等は悪ではなく、また、アルシエでは魔女がグリモアに縛られた生涯を送っていたことも嘘ではないからだ。魔女として生まれた子供には、自由が欠けていた。セリンデンはそれを指摘する。魔女を異端として扱っていた彼らは、いつしか魔女そのものではなく、グリモアという彼女たちの授かりものを排除するほうへと思想を転身させていたのである。
 存在意義が時代の摩擦によって、少しずつ希薄になっていく。ユーティアはミルクを戸棚にしまいながら、ちくりと痛んだ胸にも蓋をした。寂しさとやり場のない虚しさ、怒りたいような、何も言わずに口を閉ざしたいような、葛藤がいつも心の片隅にある。魔女は、潰えていく生き物なのだろうか。
 かつてあれほど必要とされて、人の役に立つ仕事だったのに、今のコートドールでは、薬草魔女は戦争の遺産だ。腫れ物か、争いの日々を思い出させる苦い薬のように扱われることもある。民間療法が医学の進出によって居場所を見失ったというだけではなく、薬草魔女そのものが、以前のように誰からも受け入れられる存在ではなくなってしまった。
 ならば私たちは、どこへ向かってゆくのだろう。
「こんにちは、すみません」
 コンコン、と軽快なノックに続いて、若い声がドアの向こうで張り上げられた。
「お荷物のお届けにまいりました」
 見れば、ドアに嵌め込んだガラスから、帽子を被った青年が顔を覗かせている。はい、と返事をして着かけたエプロンの紐を慌てて結ぶユーティアに、ベレットが「出るわよ」と立ち上がった。
「悪いわね、ありがとう」
「いいえ。サイン、私でいい?」
「ええ」
 テーブルからペンを取り、ドアへ向かって歩き出した背中を見送る。ユーティアはそうして、ゆっくりと蝶々結びを作りながら、自分の中にまだ先ほどの疑問が残っているのを感じた。
 私たちは、どこへ向かってゆくのだろう。消えて、どこにも辿り着くわけではないのだろうか。迫害も調和も乗り越えて、長い歴史を人間の一部として歩んできた。薬草魔女は、本当にこのまま消えてしまうのだろうか?
「ねえ、何か食べ物みたいよ。ここに置いていい?」
 ぼんやりと考えに耽った数秒間、周りの音が聞こえていなかったようだ。いつの間にやら大きな箱を抱えたベレットがすぐ傍に戻ってきていて、ユーティアは急いで、彼女の前に椅子を引いた。
「サロワからの荷物にしては、早いと思うのだけれど……あら」
「誰?」
「レドモンドからだわ」
 思わぬ差出人だ。内容物の欄に、相変わらず素っ気ない字で菓子と書かれている。蓋を頑丈に閉じているテープを鋏で切って開けてみると、ユーティアに代わって、ベレットがわっと歓声を上げた。
 大小さまざまな袋詰めのクッキーと、スパイスの香りを漂わせた焼き菓子。手前にいくつかのスコーンが、若草色の紙に包まれて入っている。
「また色々と送ってくれたわねえ」
「ええ、本当に。もう、いつも連絡もなしだから、びっくりしちゃう。あ、カードが入っているわ」
 紙の間から、気づかなければそれで良しとでも言うように角だけ覗かせているメッセージカードを見つけ出して、ユーティアは目で読んだ。親愛なる――メッセージはいつも短いが、彼は決して、この書き出しを崩さない。内容は前回とさほど変わらないものだった。課題として作った焼き菓子が余っているのでそちらに送る、よければ友人と食べてくれ、とのことだ。
 コートドールで酒場の仕事を見つけて働いていた彼は、今、コルストという別の町にいる。コートドールよりはいくらか自然に恵まれた、古くからある商業の町だ。
 料理人として働いていたレドモンドは、今その町で、菓子職人に弟子入りして工房勤めをしている。料理で無難に生計を立てていくつもりだったが、以前から自分の中に抱えていた興味がどうしても強く湧き上がり、洋菓子の世界に身を投じてみることにしたのだと、コートドールを出るときに打ち明けられた。
 修業を始めて一年。季節ごとに一度か二度、こうして成果を送り届けてくれる。サロワでの料理を見ていれば、元々器用で、美的感覚を重視するタイプなのだということは分かっていた。どちらも菓子職人に求められる資質だ。ユーティアは自分でも不思議に思うくらい、レドモンドがこの道を選んだことに驚いていない。


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