24 コートドールへ


「正午に列車が出るよ」
「ああ、そうだったわね。そろそろ行かなくちゃ」
 レドモンドが切り上げるように、腕時計を見た。ユーティアも荷物を抱え直して、それじゃあ、と皆に微笑む。
「達者で」
「ああ」
 ティムとレドモンドは、ごく短い挨拶を交わした。先に立って歩き出したレドモンドを追うように、ユーティアも土の道を歩き出す。
「またなあ」
 ジェスが声を張り上げた。振り返ると、皆が並んで手を振っていた。応えようと持ち上げた手から、レドモンドが荷物を取る。ユーティアは彼らに大きく手を振り返して、サロワの小さな駅を目指した。

 古めかしい汽車に揺られてロメイユまでの道を進むと、その先は線路が戦争の影響で所々壊れてしまっていた。まだまだ、復旧の追いついていない道もたくさんある。
 寝台列車は迂回路を取って進み、ユーティアは窓から見える景色を眺めながら、持ってきたパンをかじって本を読んだ。レドモンドは二階のベッドで、ロメイユで買った雑誌を広げている。時々、車内を回るワゴンからコーヒーを買って、二人で飲んだ。
 コートドールの駅に着いたのは、サロワを出てから、四日目の朝のことだった。車輪が軋みながら止まった駅を、一瞬、コートドールだと認識できずに呆けてしまう。
「仮にも首都の駅が、こんな状態か。どうりで、道中の線路まで補修の手が回ってないわけだな」
 レドモンドが肩を竦めて、荷物を下ろした。両手に鞄を持ち、ユーティアも慌ててホームへ降りる。
 そこはサロワの古い駅を、大きさだけやたらに大きくしたような、石と木と鉄をどうにか組み合わせて造られたホームだった。あの華々しいコートドール駅の面影は、どこにもない。
 足元に敷かれた板が、弱々しく軋んで今にも抜けそうだ。その上を、人が波のように渡っていく。
「空襲で壊れたのかしら」
「だろうな。ああ、向こう側が工事をしてる。じきに建て替えられるんじゃないか」
「大変そうだわ。こんな大きな駅を建て直すなんて、何年かかるか……」
 話しながら歩いていると、間を人が通り抜けていった。レドモンドを見失いかける。返事がなくなったことに気づいたのか、彼は振り返ってユーティアを探した。すみません、と人の列を切って進み、ようやくまた二人で歩き出す。
「サロワの暢気さに慣れすぎたかしら。人がすごく多く感じる」
「いや、実際、前よりも増えてる気がするよ。出稼ぎが多くなったのかもしれないな。近辺の町も被害が広かっただろうから」
 切符を渡し、駅を出る。春の青空が広々と、コートドールの上空を覆っていた。噴水が残っている。どうやら駅前の広場は、駅そのものほど被害を受けなかったようだ。
「こっちよ」
 ユーティアは迷いなく、人ごみの中を歩き出した。コートドールに着いたら、まずソリエスを見に行くことに決まっていた。状態によって、今後の道筋を決めなくてはならない。今夜の宿を探すべきか否か、まずはそれすらも分からない状況なのだから。
 ――懐かしい。
 石畳を踏みしめて歩きながら、ユーティアは心に湧く鼓動や郷愁、怖れや期待といった様々な感情を噛みしめていた。あの家は、あの店は、今どんな姿をしているだろうか。
 魔女に召集がかけられたときから、実に五年以上帰っていない。戦火の中でどうなったのか、そもそも残されているのか――考え出せば尽きない不安の数々も、可能性として視野に入れながら、覚悟して向かわねばならない。
 路地へ入り、橋を渡って、曲がり角を越えると駅の喧騒が遠ざかる。
 ユーティアは自分でも気づかないうちに、どんどん早足になっていった。川沿いのプラタナスは無残に焼けて取り除かれ、無事に立っている木のほうが少ない。風景は幾分か変わっていた。レストランだった場所が空き地になり、アパートが外装を変えている。見覚えのないカフェが建って、狭い道にパラソルのついたテーブルを二つ並べている。
 視界がその赤と白のパラソルを越えたとき、ユーティアは思わず両足を止めていた。
「ああ……!」
 心臓がどくんと大きく震え、全身に熱いものが巡る。叫びだしたい衝動が背中を駆け上がり、唇が自然に、感嘆の声を漏らしていた。


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