[.「ナハトのルクシオン」
「お、落ち着け! 私は君に初めからそれを教えてしまうと、慣れない世界でやっていく気力がなくなってしまうんじゃないかと思って、ずっと黙っていたんだ」
私の心の叫びが聞こえたのか、ルクは焦った声で言い募り、テーブルに置いたままだった私のポイントカードを差し出した。透明なカードの表面に、きっちりと刻印されている数字を目にして、振りかぶったコーヒーカップを下ろす。
確かに、私がここまで頑張ってこられたのは、元の世界に一日も早く戻らなければという思いがあったからだ。
それは時には私を苦しめたが、多くは背中を押して、立ち止まらずに歩かせてくれるエンジンだった。メイドの仕事も苦手で、知り合いひとりいない場所でも、全力でいられたのは常に急き立てる風があったからだ。なければ今頃、私はまだ千かそこらのポイントしか稼げていなかったかもしれない。
「いつかは言わなくてはと、必ず明かすことは決めていたんだ。本当はもう少し、貯まってから話す予定だったんだが……もう大丈夫だろう」
「そう、かな」
「ああ。君はよく頑張っている。仕事もずいぶん慣れてきたようだし、皆とも仲良くやっているだろう? この調子でいけば、残りはあっという間だ。地上が見えてきたな」
コーヒーカップが振り下ろされなかったことか、私のポイントがそれなりに貯まってきたことか、どちらへ向けてか分からないが、ルクは安堵の表情を浮かべた。つられて私も、口元の力が抜けてしまう。笑顔とも泣き顔ともつかない間の抜けた顔になって、カードをポケットへしまった。
「本当に? 本当に、私帰れると思う?」
「当然だろう。時間のことを黙っていたのは悪かったが、私はそういうたちの悪い嘘はつかない」
「そっか。うん、そうだよね」
「安心して、これまでと同じように頑張ってくれ。君がポイントさえ貯めきってくれれば、あとは私の仕事だから」
柔らかに、彼は微笑む。気の早い労いか、祝福のような笑みだった。
「信じていてくれ。無駄にはならない」
- 45 -
[*前] | [次#]
栞を挟む